無届け有料老人ホーム考

平成27年04月13日(月)

 無届け有料老人ホームを舞台にした、入居者に対する虐待事件が続いています。その度に無届けであることが諸悪の根源のように糾弾されていますが、果たして届け出をすれば虐待は防げるでしょうか?

 確かに届け出のあった有料老人ホームに対して行政は、法的権限に基づいて帳簿類の提出を求めたり、立ち入り検査を行うことができますが、帳簿を調べれば不適切な介護の実態が判明するでしょうか?建物に立ち入れば虐待の痕跡が発見できるでしょうか?施設は自分にとって不利益な事実は隠蔽します。介護現場に精通している訳でもない行政職員の、通り一遍の聞き取り調査に対して、施設の職員が正直に虐待の事実を打ち明けるでしょうか?結局は虐待の現場を押さえるか、本人や家族から被害の訴えがあるか、職員による内部告発でもない限り、たとえ届け出がなされたとしても、適切な運営を装う施設の実態は知るすべがないのです。

 この問題を考える時にまず知っておくべきことは有料老人ホームの定義です。老人福祉法は有料老人ホームを次のように定義しています。

「老人を入居させ、入浴、排せつ、若しくは食事の介護、食事の提供又はその他の日常生活上必要な便宜であって厚生労働省令で定めるもの(以下「介護等」という)の供与(他に委託して供与をする場合及び将来において供与をすることを約する場合を含む)をする事業を行う施設であって、老人福祉施設、認知症対応型老人共同生活援助事業を行う住居その他厚生労働省令で定める施設でないものをいう」

 法律にありがちな分かり難い文章ですが、まずは公的な老人ホームやグループホームは有料老人ホームの定義から除かれています。その上で老人を住まわせて食事の提供や入浴の介助等、何らかのサービスを一つでも提供すれば、有料老人ホームであると規定しています。そして有料老人ホームに該当したものについては事前に知事への届け出の義務を課し、知事にはガイドラインに基づいた指導の権限を与えているのです。

 しかしこれを逆に読めば、どんなにたくさんの老人を住まわせていても、何のサービスも提供しなければ有料老人ホームではありません。法律は外部に委託してサービスを提供する場合も含むと規定していますから、委託ではなく、入居者自らが外部の事業者と直接契約してサービスを受ける体制さえ取れば、有料老人ホームの定義を免れて単なる賃貸住宅になるのです。賃貸住宅には届け出の義務はありません。住宅の経営者が設立した別法人の事業所によってサービスの提供が行われ、実態としては住宅とサービスの提供が一体的に行われていたとしても、入居者がそれぞれ個別に事業所と契約してサービスを受けてさえいれば有料老人ホームの定義からは外れるのです。

 このようにして、巧妙に届け出義務を回避して老人に収容ケアを提供する賃貸住宅が、恐らく全国に相当数存在します。居宅介護支援事業所、ヘルパーステーション、デイサービス事業所、訪問看護ステーションなどの介護保険事業者や、給食宅配業者などが、家賃を支払って建物の一階部分に入居し、それぞれが二階以上に入居する老人と個別に契約してサービスを提供すれば、一般のアパートに住むお年寄りが近くの事業者から介護保険サービスを受けるのと何ら変わりはありません。居室の面積や廊下幅などの住環境もケアの体制も、福祉の法律や基準に全く縛られることなく実質的な介護付き住宅が実現します。これだと定期的にケアマネジャーの目が入りますが、極端な場合、介護保険の適用を受けない家政婦紹介所のようなものが一階部分で事業を展開すれば、公的な目に一切触れない密室の民間介護施設が成立するのです。

 無届けであることに焦点を当てるあまり、ことの本質を見失ってはいけません。問題は届け出を怠ったことではなく、行政の監視をことさら回避してまで、合法的に老人の収容ケアを行うビジネスが存在することの方に関心を向けなくてはならないのです。

 視点を変えましょう。

 日本人は大変長生きをする民族になりました。長生きをすれば当然、医療と介護が必要になりますが、高齢者が増える割には、それを支える若い世代の人口が減少し続けているために。医療費も介護費も年を追って不足の度を増しています。入院日数は極限まで制限され、急性期病院でとりあえず救命を果たした患者は、慌しく回復期病院に移って一定期間リハビリに励んだあとは、体の不自由の程度と家族の介護力に応じて、自宅に戻るか施設に入所するかを選択しなければなりません。昔のようにずるずると入院生活を続けることは保険財政が許さないのです。

 家族に介護力かあって、自宅に戻ることかできる人は幸いです。問題は施設入所を選択しなければならない人たちです。行政が施設入所を行政処分として決定していた時代は、利用者の負担は所得に応じた応能負担だけでしたから、経済的な理由で入所ができない人はいませんでした。ところが介護保険が施行されると、利用者は施設と直接契約を交わして入所する仕組みになり、要介護度に応じた介護報酬の一割を受益者として負担することになりました。そればかりか、同じ保険料を負担して在宅で生活している人は、家賃も食費も自前で支払っているのに対して、施設に入ったとたんに生活の全てが保険で賄われるというのは不公平ではないかという理屈によって、施設入所者についても部屋代や食費などのホテルコストを支払わなくてはならなくなりました。