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ナマズ先生5(老いの風景シリーズ)
会社の経営会議で篤志は持論を展開した。
「ものに溢れた時代は、需要を調査して販売戦略を練るだけでは不十分です。需要は作り出さなくてはなりません」
しかも現代人は広告に懐疑的だから、ニュース媒体に乗るような仕掛けを企画する専門チームが必要なのだという篤志の主張を、
「誰も理解しないのですよ、先生。僕は間違ってますかねえ…」
ナマズ先生こと浜津先生を相手に、その晩篤志はもう一度自分の考えを披露した。
「ふむ…」
ナマズ先生は、篤志の持参したウィスキーをコップの中で氷と一緒に揺らしながら、
「世の中、正規分布だぞ」
と言って紙の上に鉛筆で座標を描いた。
「縦軸は人口、横軸はある分野における見識の程度だ。中心に近いほど見識は高い」
篤志が覗きこむと、
「どんな分野でも見識と人口の関係は…」
正規分布だと言いながら、縦軸と横軸の接点を起点に富士山のようなグラフを描き、
「見識の高い人は少なく、適当に知ってる人口が一番多く、見識の極端に低い人も少ない」
解るな?という顔で篤志を見た。
「今、経営戦略において、君はどこにいると思ってるんだ」
「そりゃあ、ここですよ」
篤志は胸を張って縦軸と横軸の接点に近い場所を指したとたんに先生の意図を理解した。
「理解者は少なくて当然なんですね!」
「どの領域でも自分が理解されないと感じた時は、突出してるんだよ。問題は真ん中の山にいるたくさんの人口に理解させる方法だ」
私の論文もなかなか理解者が得られないとぼやきながら先生が指差した原稿の表紙には、癖のある筆跡で、『現代社会における通過儀礼の風化と権威の相関についての考察』という難解な表題が書かれていた。