暴力教師6

 大手門中学校の体育館の北側は、校舎のどの位置からも死角になっていて、もっぱら一部の生徒たちの喫煙場所になっていた。顔にまだ幼さの残る一年生の吉村茂行を見張りに立たせ、塚本浩一は同じクラスの室伏篤久とセブンスターを回しのみしていた。

「浩ちゃん、本当にやるのか?」

 篤久は、手渡された煙草をまるで深呼吸でもするかのように胸の奥まで吸い込むと、

「お前、ちゃんと肺まで入れてるんだろうな?金魚やってるんじゃねえぞ」

 篤久の顔をからかうように人差し指で突っついて笑った。

「入れてるよ俺だって、入れなきゃ気持ちよくねえだろうが」

 とむきになって答えはしたものの、篤久はこれまで煙草をうまいとか気持いいとか感じたことがない。だから浩一のように肺の奥まで吸い込んで、それを一旦胸の中に溜め、すっかり薄くなった煙を言葉と一緒にゆっくりもやもや吐き出すのを見ると、それだけですごい奴だと思ってしまう。その浩一からついさっき、伊藤明代の財布を盗んで四方正人のカバンに入れるように命令された。

「見つからないか?」

 それが心配だった。

「見つからないようにうまくやるのが篤久の腕だろうが…な?」

 浩一は篤久の肩を叩いて最後の一服を篤久の口にくわえさせた。

「分かったよ、分かったけど」

「けど?」

「俺、何だか四方が可哀想な気がして」

「可哀想?ばか、お前、どこが可哀想なんだよ、あんな奴、ずるいだけじゃないかよ」

「ずるい?」

「ああ、ずるくて甘ったれてるんだ。誰だって何もしゃべらずに暮らせりゃこんな楽なこたあねえ。周りにばっかり気を遣わせてよ。俺たちなんかお前、何かしゃべる度に先公に叱られてるだろうが?」

「そう言えばそうだよな、反抗的だとか言って」

「だろ?あいつは黙っているからって、叱られるどころか同情されたりしてるけど、黙ってるってことはお前、すげえ反抗的なことなんだぞ。色んなこと無視するんだからな?」

「うん」

「こらしめてやるんだ」

「こらしめる?」

「僕が盗んだんじゃありませんって大声で弁解すりゃあいいんだ、自分のことなんだから」

「それじゃあ浩ちゃん、そのために?」

「というわけでもないけどさ、気に入らねえんだよ、何もかも。学校にカネ持って来るのだって違反だろ?伊藤明代の奴、学級委員だからって優等生みたいな顔して俺の赤いTシャツを軽蔑したように見るけど、俺のTシャツは人に迷惑をかけてねえ。だけど、あいつのカネがなくなってみろよ。みんな疑われて嫌な思いをするんだ、そうだろ?」

「分かった浩ちゃん、俺、やるよ」

 篤久は、それなら浩ちゃんが自分でやればいいんだと頭の片隅で思ったが、口には出さないで、フィルターのすぐ近くまで吸ったセブンスターを側溝のコンクリートで丹念に消し、吸殻を砂利の中に埋めた。

 その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「先輩、誰か来ます!」

 見張り番の吉村が走って来た。

 あと五分で始まる五時限目の体育の授業を受けるために、トレーニングウェアに着替えた浩一のクラスの生徒たちが二人、三人と体育館に向かってやって来る。

「よし、それじゃうまくやれよ!」

 浩一は篤久を促して立ち上がった。

 篤久には教室で気の重い仕事が待っている。

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