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暴力教師17
娘の絵美の注いでくれたビールを、俊介は苦い表情で一気に飲み干した。理由はどうあれ、生徒に手をあげたあとに必ず襲われる悔恨だった。そんな俊介の気持が判っているから、妻の由紀子も今夜はしんみりと夫のビールに付き合っている。
「でもお父さん、結局これで良かったんじゃない?」
絵美だけが屈託がない。
「だって塚本って子のいじめがなきゃ、四方くんだってしゃべらなかったわけだし、そりゃあ、お父さんが塚本くんを叩いたのは良くないことかも知れないけど、それだって四方くんの緘黙を治すきっかけになってるはずでしょ?」
「ま、確かにな。ただ、結果はともかく、冷静であるべき教師の方が感情的になってしまったことが後味の悪い理由かも知れないな」
「先生だって人間だもの、感情的になることだってあるわよ。ねえお母さん?・・・で、その後四方くんは一気に何年分もしゃべったの?」
「まさかお前、そう簡単にはいかないだろう。勝負はこれからだという気がするよ。それにしても今度のことで、四方がひとつ大きなハードルを飛び越えたことだけは確かだと思う。それと、何よりもお父さんが救われた思いがしたのは、四方が自分のために声を出したのではないということだよ。先生やめて、という叫びは、どう考えても四方自身のためではなくて、塚本をかばうためか、塚本を殴ろうとするお父さんを止めるためかのどちらかということになるもんな」
「そうそうあなた、四方くんのことは判ったけど、塚本くんはどうなったの?雨の中を飛び出して行ったんでしょ?」
「浩一か…」
俊介は由紀子のコップにビールを注いだ。
「あいつも色々とつらいんだと思う。浩一の場合、何かこう、愛されてないって気がするんだよな、両親から。で、基本的に満たされてないもんだから気持がいつもとげとげしくて、他人にも社会にも冷たい部分ばかり発見しては攻撃的になってしまう。それで、そういうことをまるで感じないで生きているように見える四方に対して、どうしようもなく腹を立ててたんじゃないかって気がするんだよ」
「大丈夫なの?それで」
「何が?」
「塚本くんを殴っちゃったりして、今度は塚本くんが不登校になっちゃったりしない?」
「あのね、お母さん」
絵美が口をはさんだ。
「塚本くんのようなタイプの子はね、仕返しをすることはあっても不登校にはならないから大丈夫なの」
「そお?」
「当たり前よ、ねえお父さん」
「まあな、仕返しはごめんだけどね」
「だったらいいけど、あ、あなたビールもう一本抜きますか?」
由紀子が冷蔵庫に立とうとした時、電話が鳴った。
「あたし出る」
と玄関に走って行く絵美の慌てようから察すると、どうやらボーイフレンドからの電話でも待っているらしい。ところが絵美は、
「あ、はい…はい…今代わりますのでお待ち下さい」
ひどく改まった調子で応対しながら食卓へ戻って来ると、俊介の耳に口を近づけて、校長先生よ…とささやいてコードレスホンを手渡した。
「校長先生?」
俊介と由紀子は顔を見合わせた。
「もしもし代わりました。はい、そうです。え?いえ、確かに手を出すには出しましたが、全治二週間?まさかそんな、平手ですよ。はい…はい…。分かりました。とにかく伺います。それでは」
「あなた…」
由紀子の心配そうなまなざしが懸命に俊介の表情を読み取ろうとしている。
「大丈夫だ、大したことじゃない。あ、それよりタクシー呼んでくれないか?ビール飲んだからな」
俊介は着替えを始めた。
電話帳でタクシーの営業所を調べる由紀子の胸に不安がひろがって行く。