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ナマズ先生3(老いの風景シリーズ)
コオロギの鳴く日、五人の仲間たちで集まったナマズ先生こと浜津先生の自宅へ、満月の夜に、徹は一人で訪ねて行った。
「酒があることは分かっていましたから、つまみだけ持参しました」
ちょっと豪勢ですよ…と、スーパーで買った刺身や燻製をテーブルに並べると、
「旨いもんは小人数だ。こちらも凄い」
ナマズ先生は蔵出しの銘酒の封を切った。
盃を重ねて、二人の鼻の頭が赤くなった頃、
「先生、気が利く性格っつうのは損ですね…」
空いた器を重ねたり、テーブルの汚れをティッシュで拭いたりしながら徹が言った。
ナマズ先生はしばらく沈黙していたが、
「人は自分の役割を決め、決めた通りの役割が与えられるものだからなあ…」
立ち上がってカーテンを開けた。
嘘のような円い月が浮かんでいた。
「教員になりたての頃、私は教壇に立つのが恐かった。大教室で、聞いてくれない学生に向かって講義をする度に傷ついた。自分が学生の目に教員らしく映っているかどうか不安だった」
「…」
「しかし、不安な自分を表現し、表現した通りの評価を受けている訳だから仕方が無いと気がついてから変えたんだよ、自分の意志で」
「どんなふうに、ですか?」
「先生らしく振る舞った。自信を持って、堂々と」
「本当は自信がないのに、ですか?」
「まずは、なりたい自分になることが大切なんだ。人間はおかしいから笑うだけじゃない。笑うとおかしいのだよ。試して見るか?」
ナマズ先生は突然大声で笑い出し、さあ、君もと促されて徹も笑った。すると、本当におかしくなって涙が出た。
「さあ、この瓶は空けてしまおう」
窓には満月が貼り付いている。