風のない日の風鈴
作成時期不明
今日は縁日です。
お宮の参道にはたくさんの夜店が並んでいました。
金魚すくいのお店、茶碗屋さん、風船屋さん、それに、わた菓子屋さん。
新しい下駄を履いたあゆみちゃんは、お父さんの手をしっかり握り締めて歩きます。なにしろ大変な人込みで、手を離すとたちまち迷子になってしまいそうです。それに、あゆみちゃんにはもうひとつ、今日はどうしてもお父さんの手が離せない訳がありました。
「今夜はあゆみが欲しいものを何でもひとつだけ買ってあげようね」
家を出る時、お父さんはそう言いました。
おカネを持っているのはお父さんです。
(はぐれたら何も買ってもらえなくなってしまう…)
あゆみちゃんは、そう思って時々お父さんの手をしっかりと握りなおすのでした。
お店はどれも楽しいものばかりでした。
「さあ、どれにする?」
と聞かれても、あゆみちゃんは困ってしまいました。金魚も、ひよこも、風船も、わた菓子も、みんな欲しいものばかりです。でもその中で何かひとつだけということになると、さあ、いったいどれにしたらいいでしょう。金魚はとてもきれいです。けれど、家で飼うとなると、屋根の野良ネコが黙っているはずがありません。ひよこもピヨピヨと可愛いのですが、大きくなった時、のびのび遊ばせてあげる場所がありません。風船は、次の朝にはしぼんでしまうに決まっています。わた菓子は食べるとなくなってしまいます。
(困ったなあ…)
考え込んでしまったあゆみちゃんの耳に、チロリン、チリン…ときれいな澄んだ音が飛び込んで来ました。夜風に吹かれている、たくさんのガラスの風鈴でした。
チロリン、チリン
チロリン、チリン
色とりどりの風鈴が、思い思いの音で風に鳴っています。
チロリン、チリン
チロリン、チリン
その音にあゆみちゃんはすっかり夢中になりました。
「お父さん、あゆみ、これにする!」
さんざん迷ったあげく、涼しそうな青い色の風鈴を選んだあゆみちゃんは、それを小さな箱に入れてもらうと、割らないように注意しながら、大喜びで家に帰って行きました。
風鈴は、食堂の軒に吊り下げられました。
「今日は鳴らないねえ」
食事をしながら、お父さんが言いました。
あゆみちゃんは、つまらなさそうでした。
「ねえ、お父さん?」
あゆみちゃんが聞きました。
「風鈴は、きれいな音を出して人間を涼しくするためにああしてぶらさがっているのでしょう?」
「そうだよ」
「じゃあ、こんな暑い晩に、どうしてこの風鈴は鳴らないの?」
聞かれたお父さんは、お母さんと顔を見合わせて、思わずクスクスッと笑ってしまいました。小学校三年生になったとはいっても、あゆみちゃんはまだまだ子供なのです。こんな簡単なことも、あゆみちゃんにとっては不思議なことなのでしょう。
「それはね、あゆみ」
お父さんは、やさしく笑いながら言いました。
「今夜は風がないからだよ」