風のない日の風鈴

作成時期不明

 すると、あゆみちゃんは、さっきよりももっと不思議そうな顔をして聞くのです。

「風が吹けば、風鈴が鳴らなくても涼しいでしょう?今夜は風がないから、いつもよりうんと暑くてみんな困っているというのに、どうして風鈴は鳴らないの?どうしていい音を出して私たちを涼しくさせてくれないの?」

「…」

 お父さんは黙ってしまいました。

 何と答えていいのかわかりません。

「とにかく風鈴は、風がなくちゃ鳴らないんだよ。初めからそういうふうにできているんだよ」

 お母さんがテレビのスイッチを入れました。野球放送が始まりました。お父さんがテレビに夢中になり、お母さんが台所の後片付けに立つと、あゆみちゃんは何だか淋しくなりました。

「あゆみ、宿題やりなさいよ」

 お母さんが忘れずに台所から声をかけます。

「はあい」

 あゆみちゃんも、いつものように返事をしました。そして軒下へ行って、風鈴を見上げると、

「おまえ、ひとりじゃ鳴らないんだね。可哀そうに…」

 小さくつぶやいて、二階の勉強部屋に上がって行きました。

 思い出したように風が吹いて来ました。

 もうみんなすっかり寝静まり、真っ暗になった軒下で、

 チロリン、チリン

 チロリン、チリン

聞いている者は誰もいないのに、風鈴はその晩、忙しそうに鳴り続けて夜がふけました。


 何日かたちました。

 暦の上ではもう秋だというのに、今年はどういう訳か、少しも涼しくなりません。

「ふう…今日は特別暑いなあ」

 お父さんが言うと、

「風がないからですよ」

 お母さんが答えました。

「鳴らないかなあ…」

 あゆみちゃんは、夕飯を食べながら風鈴を見ています。

「ごちそうさま」

 あゆみちゃんが、箸を置きました。

 その時です。

 風鈴を軒に吊り下げているひもが、突然プツンと切れました。

「あっ!」

 あゆみちゃんが叫び声を上げるのと、風鈴が地面の上でこなごなにこわれてしまうのとはほとんど一緒でした。

 けれど、あゆみちゃんが叫んだのは、風鈴がこわれてしまったせいではありません。

 ひもが切れて、地面に落ちるまでのほんの短い間に、

 チリリン!

 風鈴は、確かに自分の力だけで鳴ったのです。