雪神さま
平成29年10月19日(木)掲載
北国のこの村には、昔からひとつの風習がありました。それは、それぞれの家がその家の子どもの数だけ雪だるまをこしらえて正月を迎えるということでした。大晦日が近づくと、村中の子どもたちが出て、雪だるまをこしらえました。子どもがまだ赤ん坊の家では、早く元気に育つようにという願いをこめて、親がこしらえることになっていましたが、たいていの家では雪だるま作りは子どもの仕事になっていたのです。
大きな雪だるまがありました。小さな雪だるまもありました。目や鼻は木炭でできていました。笑っている雪だるまもあるかと思えば、怒ったような顔をした雪だるまもありました。中にはホウキの手を持った雪だるまや、暖かそうな襟巻をした雪だるまもありました。雪だるまたちがみんなそれぞれの家の軒下に並び終えると、村は静かに新しい年を迎えるのです。そして春が来るのを辛抱強く待つのです。
その年も、村はたくさんの雪だるまをこしらえて静かなお正月を迎えようとしていました。隣村からその恐ろしい報せが届きさえしなければ、村はいつものようにまるで冬眠をしているような平和な冬を過ごすことができるはずだったのです。
「オオカミだあ!オオカミが出たぞお!」
恐ろしい報せは、ちょうど大晦日の晩に届けられました。
「やつら腹が減ってるだ。大群だ。数えきれねえくらいいるだぞ」
村は大騒ぎになりました。
命からがら逃げてきたというその隣村の村人の話しによると、雪のために食べるもののなくなったオオカミが、大群で隣村を襲ったというのです。牛やにわとりだけでなく、大勢の人間までが食べられてしまったというのです。そして何より恐ろしいのは、あまりにもたくさんのオオカミなので、少しばかりの鉄砲など何の役にも立たないというのです。
いったいどうしたらいいのでしょうか。
おもだった村人たちが集まって、何度も何度も相談しましたが、良い知恵は浮かびません。とにかく、なるべく外へ出ないようにする以外になさそうです。特に、夜は雨戸を閉めて、しっかりと鍵をかけ、一歩も外に出てはいけないということになりました。静かですが、不気味な夜が続きました。時々聞こえる、ウォ~ンと言うオオカミの声に、村人たちは震え上がりました。そんな夜が五日も続いたでしょうか。不思議な不思議な出来事は、その日の真夜中に起きたのです。
京太はたくさんのオオカミに囲まれていました。オオカミたちの目はろうそくの炎のようにメラメラと輝いていました。耳まで裂けた口からは鋭い牙がのぞき、牙の間からは真っ赤な舌がだらりと垂れ下がっていました。
ウォ~ン!
という泣き声を合図に、おおかみたちは一斉に京太めがけて飛びかかりました。
「おじいま、助けて!」
京太は汗ぐっしょりになって目が覚めました。
京太にしがみつかれて一緒に目を覚ましたおじいまは、泣き出しそうな京太に人差し指を立てました。
「し!」
おじいまは聞き耳を立てています。
京太も泣くのを忘れて耳を澄ませました。
オオカミの泣き声でも聞こえて来るのでしょうか。いえ、そうではありません。何やら人の歩くような足音が聞こえて来るのです。さく、さく、さく、さく、と雪を踏んで、しかも一人や二人ではありません。大勢が行列を作って行進しているような音なのです。
「おじいま…」
京太は背筋が寒くなりました。だってこんな真夜中に、人っ子一人いないはずの道を、いったい誰が行進しているのでしょうか。考えただけでも気味が悪いではありませんか。
おじいまはしばらく厳しい顔をしていました。
そして何かを決心したように壁の鉄砲を握りしめました。
そうっと、しかもほんの少しだけ雨戸を開けました。
京太もおじいまの足にしがみつくようにして、その隙間から外を窺いました。
そこにおじいまと京太が見たものは、信じられないような光景でした。月の光を浴びて、真っ白な雪の夜道を一列になって行進しているのは、たくさんの雪だるまたちだったのです。