雪神さま

平成29年10月19日(木)掲載

 大きな雪だるまが通ります。

 小さな雪だるまが通ります。

 色々な雪だるまたちが、さく、さく、さく、さく、と雪を踏んで、勇ましく眉を上げ、一列に並んで峠の方へ歩いて行くのです。

「ゆ、雪神さまじゃ」

 おじいまが言いました。

 京太には初めて聞く言葉です。

「そうじゃ、雪神さまじゃ。今ではもう言う者も信じる者ものうなったが、村の雪だるまの数が子どもたちの数とちょうどおなじになった年、つまり村中が全ての子どもたちの健康を願った年は、雪だるまは雪神さまになって、冬の間中この村を守って下さるという言い伝えがあるんじゃよ」

 おじいまが教えてくれました。

 さく、さく、さく、さく…。

 雪だるまたちの行列が続きます。

 二人は目を凝らして雨戸の隙間からその様子をじっと窺っていました。

 そして最後の雪だるまが通り過ぎたとき、

「行こう、京太!」

 おじいまが言いました。

 おじいまと京太は外へ出ました。

 峠へ続く白い道を、雪だるまたちの行列が遠ざかって行きます。二人はあとを追いました。不思議なことに少しも怖いとは思いませんでした。それどころか、さくさくという雪だるまの足音は何だか力強くて、勇気が湧いてくるようです。二人ともこれからいったい何が起きるのかを、どうしても見届けたいという気持ちでいっぱいだったのです。


 雪だるまたちは脇目も振らず、そして一言もしゃべらず、ただ黙々と峠を上って行きました。峠を上るにつれて歩く速さもだんだん速くなって、さくさくという足音は辺りに響き渡りました。おじいまと京太の足ではついて行くのがやっとでした。

 おじいまと京太がようやく峠を上り詰めると、雪だるまたちは頂上に一列に並んで、上って来たのとは反対側のふもとを見下ろしていました。

 おじいまと京太も同じようにふもとを見下ろして驚きました。

 オオカミです。

 おびただしい数のオオカミが黒々と集まっているのです。まるでホタルの群れを見るように、オオカミたちの目が闇の中で揺れています。

「ウ~」

 といううなり声が地響きのように聞こえます。

 おじいまと京太は、震え上がりました。

 あんなにたくさんのおおかみに襲われては、村はひとたまりもありません。そしてあの様子では、今にも村を襲おうとしているに違いないのです。

「みんなに知らせねば…」

 そう思ったときでした。

 一番大きな雪だるまがさっと片手を上げました。

 すると一列に並んだ雪だるまたちが一斉に峠を転がり落ち始めました。

 大きな雪だるまも、小さな雪だるまも、ただ黙ってふもとのオオカミに向かって飛び降ります。飛び降りた雪だるまたちは、ころがるうちにだんだん大きくなって、ものすごい雪崩になりました。ドドドドドッという雪崩の音は隣りの村にも響き渡りました。

「雪神さま!」

 京太は思わず叫びました。

「雪神さまが村を守って下さる」

 おじいまは手を合わせて拝んでいました。


 春が来て雪が融けると、峠のふもとには、たくさんのオオカミの死骸が見つかりました。オオカミの死骸と一緒に雪だるまに使われた木炭やホウキや襟巻も見つかりました。

 村人たちはおじいまと京太の不思議な話をもう信じないわけにはゆきませんでした。

「雪神さまが村を守って下さったんだ」

「子どもを大切にする村は雪神さまが守って下さるんだ」


 今年も大晦日がやって来ます。

 子どもたちはみんなせっせと雪だるま作りを始めました。

 来年も子どもたちが健やかに育つようにという願いを込めて、

 村はきっとまた平和で静かな新年を迎えることでしょう。