しいの木と動物たち

平成29年11月25日(土)掲載

 平和な山でした。

 てっぺんに一本の大きなしいの木が立っていました。子どもたちが十人手をつないでも、まだ足りないくらい、太くて立派なしいの木でした。山に住むサルたちの中で、一番木登りが上手だと言われたサルでさえ、怖くなって途中で引き返して来るくらい高いこずえでした。

 隣村からでもそのしいの木はよく見えました。

 木こりたちは山で雨に降られると、決まってそのしいの木の下に駆け込んで雨宿りをしたものですが、何よりもしいの木を頼りにしていたのは山の小鳥たちでした。何百という小鳥たちが住んでしました。すっかり年老いていましたが、やさしくて、たくましくて、とても頼りがいのあるしいの木だったのです。

 ですから、しいの木が伐り倒されるといううわさを知ったときの山の騒ぎは大変なものでした。

 ひいお爺さんの代からずっとそのしいの木を住み家にして育ったというムササビは、おいおいと泣きだしてしまいました。キツツキなどは三日も食事が喉を通らなかったくらいです。

 みんなすっかり気を落としてしまいました。けれどやさしくて、たくましくて、とても頼りがいのあるしいの木でした。切り倒されて一番悲しい思いをするのは、しいの木自身だったのですが、しいの木は自分のことよりも先に、山の動物たちのことを心配していたのです。

 小鳥たちを呼んで、自分が切り倒された後の引っ越し先を教えてくれました。枝が張って、よく繁った葉が、敵の目から隠してくれて、小鳥たちが安心して眠ることのできる木を、しいの木はちゃんと探してくれていたのです。

 それから、自分が切り倒されたときに下敷きになって怪我をしないように小さな生き物たちに注意を促すことも決して忘れませんでした。

「わしが倒れるときは危ないから、できるだけ遠くへ離れているんだよ」

 やさしく声をかけられて、土の中のミミズやモグラはびっくりして何度もお礼を言いました。

 暑い夏の盛りにあの涼しい木陰で休むことができなくなるのかと思うと、ウサギたちはがっかりでした。絶好の遊び場を失ってサルの子どもたちは残念でなりませんでした。そして誰よりも困ったのは、しいの木に住みついたリスたちでした。なぜなら、しいの木に実るたくさんのしいの実は、リスたちの大切な食べ物だったのです。

 しいの木が伐り倒される日が近づいて来ました。

 あと一週間という日、山の動物たち全員がしいの木の根元に集まりました。何とかしいの木が切り倒されるのを防ぐ方法はないものでしょうか。

 クマがいます。数えきれないくらいの小鳥たちがいます。ウサギがいます。リスたちはもちろんのこと、モグラもテントウムシもコウモリも、みんな知恵をしぼります。けれども誰一人として名案を思い付く者はありませんでした。

 陽が沈み、陽が昇り、もう一度陽が沈みましたが、よい考えは浮かびません。

 しいの木が重い口を開きました。

「みんな、ありがとう。わしの為にこれほどまでに心配してくれて…。わしはみんなの気持ちだけで十分嬉しいんだよ。人間の決めたことは、そう簡単にひっくり返せやしない。わしのことはいいから、みんなそろそろ自分たちのことを考えておくれ」

 それを聞いて、まず涙もろい山鳩が泣き出しました。つられて動物たち全員が声を上げて泣き始めました。色々な声の混じった不思議な泣き声は、ふもとまで聞こえたのでしょう。その晩、村人たちは山が泣いていると大騒ぎをしたそうです。

 しいの木が切り倒されるまで、いよいよあと三日と迫った日、もう半ば諦めていた山の動物たちに、フクロウの爺さんが声をかけて回りました。