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2.むくみ(房子Ⅱシリーズ)
その日、房子を訪ねた謙一夫婦に職員がためらいがちにこう切り出した。
「あの、房子さんは上靴のサイズが合わないみたいで足にむくみが見られます。少し値が張りますが、本日外出されたら、町の靴屋でサイズの合う介護シューズを購入して下さい」
「足にむくみですか?」
謙一が房子を椅子に座らせて靴下を脱がせると、左足のくるぶしから先が太ったサツマイモのように赤黒くむくんでいた。
「どうしてこんなことになったのですか?」
驚いて尋ねる謙一に、
「ホームは座る生活が中心になりますからねえ。以前よく歩いておられた人に限ってむくみが出ることがあるのですよ」
珍しくもないことのように職員は説明するが、入居して三か月、房子の足がむくんでいるという話は聞いたことがない。先週の日曜日に指摘がなかったということは、足は一週間でむくんだことになる。だとすれば靴のサイズのせいとは考え難いではないか。入浴や爪切りの折りに職員は気が付かなかったのだろうか。気が付いていながら、その事実を共有しなかったのだろうか。そもそも房子は満足に入浴をしているのだろうか。とめどなく疑問が湧くが、原因は靴のサイズだと決めつける職員をそれ以上追求するのは憚られた。
頻繁に面会を重ねていながら、靴下ひとつ脱がせて見なかった迂闊を謙一は後悔した。と同時に謙一の頭に別の可能性が浮かんだ。
「ひょっとして、何か薬を飲んではいませんか?」
「副作用ということですか?」
職員の表情に険しさがよぎった。
「いえ、一応、知っておきたいと思いまして」
「みなさんに飲んで頂いていますが、どなたも副作用はありませんよ」
「飲んだ人全員に副作用が見られるような薬は初めから認可されませんよ。千人、万人に一人、症状が出るかも知れないから問題なのでしょう?」
「それはまあ、そうですが…」
「介護シューズは購入しますので、投薬の処方も見せて下さい」
謙一の語気に抗しきれないで、職員はしぶしぶ房子の介護記録を差し出した。
一方、謙一と職員のやり取りに険悪なものを感じた房子は、とりなすように言った。
「難しい話はやめて、早う散歩に行こうよ」
「すぐ済むから、ちょっと待っててね」
謙一は投薬の記録をノートに書き写した。