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3.疑惑(房子Ⅱシリーズ)
いつもなら昼食を挟んだ一時間程度を、目的もなく散策して、房子の歩行能力の維持に努めるのだが、三人の足はその日、まっすぐに町の靴屋に向かっていた。房子の左足はくるぶしから先がむくみ、職員からはサイズの合う介護シューズを購入するように指示されていた。ところが房子にはむくんだ足を引きずる様子はなく、代わりに前のめりのつま先歩行ばかりが目立っている。
「ねえ、お母さんの歩き方ってパーソン何とかって言うんじゃなかった?」
「パーキンソン歩行だろ?これまであんな歩き方しなかったよな」
と、歩道のわずかな段差につまづいて房子の体が宙を泳いだ。危うく抱きかかえた謙一は、二の腕から鎖骨にかけての房子の体のか細さに驚いた。抱きかかえ方が悪ければ腕が骨折をしかねない。
「大丈夫?お母さん」
心配する陽子に、ちょっと足がもつれただけだと房子は笑うが、笑いごとではなかった。
房子の姿勢のバランスの悪さは、靴屋でも明らかになった。店員が出してくれる靴を試し履きしようとして、片足では立位が保てなかった。
「あなたの言う通り、むくみは上靴のサイズが原因ではないような気がするわね」
「だろ?何だか人格も変化してる気がするしな」
寿司屋のランチが来るまでの間に、房子の投薬記録を見た陽子は、
「ねえ、このメマリーって薬、投薬が始まって、五ミリ、十ミリ、十五ミリと増量されてるわ」
「ちょっと待てよ、メマリーだな?調べてみる」
謙一はスマホで薬の作用や副作用を検索した。
「むくみもパーキンソン歩行もメマリーの副作用には挙がっていないけど、中等度から高度段階を対象にしたアルツハイマーの改善薬らしい」
「え?お母さんって初期じゃないの?」
「一人暮らしが困難でグループホームに入居してるんだから、初期とは言い難いよ」
「だけど、お母さんは医者嫌いで、薬というものをほとんど飲んだことのない人でしょ?脳に作用する薬を飲まされ続けたら体調が崩れるのは当然じゃない?副作用だって個人差があるだろうし」
「だよなあ…」
「一旦服薬を中断して様子を見てもらったら?」
「ああ。俺もそう思う。それで改善されれば薬の影響だということがはっきりする」
真剣な二人のやり取りを聞いていた房子が、
「私、薬なんか飲んでないぞ」
と怪訝な顔をしたところでランチが来た。