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5.診察前夜(房子Ⅱシリーズ)
帰宅した謙一夫婦は、その晩、病院や福祉施設で働く友人知人に電話した。明日房子は診察を受ける。しかし主治医がおいそれと処方を変更するとは思えない。診察結果を聞く前に、メマリーという薬の現場での使い方や副作用について、できるだけの知識は得ておきたかった。
「確かにメマリーを飲んでいる利用者は何人かいるけど、全員一律に処方されることはないよ。不穏な行動がみられる場合に限られてる」
「副作用は、めまいや頭痛や眠気が中心で、浮腫というのは聞かないなあ」
「人格が微妙に変化したように感じるのは当然だと思うよ。記憶の改善と同時に、不安定な感情を落ち着かせる作用があるからね」
寄せられる情報は謙一がネットで調べた範囲の内容ばかりだった。利用者全員にメマリーが処方されていることの是非は別にして、診察結果の連絡があったら、房子の浮腫の原因とメマリーが処方された理由は聞かなくてはならない。
治療方針を巡って医師と議論するのは、自分が患者であっても神経を使うものだが、ことは服薬の記憶すらない認知症の母親のことであり、しかも当の医師はグループホームのオーナーである。当然、謙一は慎重にならざるを得ない。医師が信頼できなければ、別のホームを探して頂くしかありませんねと言われたら、房子はたちまち身を寄せる場所を失う。
「身内を預けている側の立場は弱いなあ。家族とホームは対等じゃない。医師と患者も対等じゃない。ホームのオーナー医師と職員も対等じゃない」
「対等と言えば、私たち、この件について先生と一対一できちんと話したことないわねえ」
陽子が改めて気付いたように言った。
事は常にグループホームの職員を介して進んでいる。医師と職員の関係が対等ではないとすれば、二人の訴えが医師に正確に伝わっているかどうかは疑わしい。例えば耳障りな情報を好まない医師だったりすると、
「先生、神経質な家族が母親の足のむくみを気にしています。一度診察していただけば納得すると思いますので明日午前中にお願いします」
職員はそんな風に伝えているかも知れないのだ。
「私、明日の朝、診察の前にクリニックに電話して直接先生と話してみる」
「電話ならおれがするよ」
「男が対立したら終わりよ。こういう時は女の私の方がいいの」
陽子の決意は固い。