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6.陽子の涙(房子Ⅱシリーズ)
房子が診察を受ける日、陽子は朝一番に主治医のクリニックに電話した。
「もしもし、お早うございます。私、今朝お世話になる鈴木房子の家族のものですが…」
「はいはい、聞いておりますよ」
受話器から聞こえて来る声はひどくぶっきらぼうだった。
「お聞き及びでしょうが、家族の気持ちを直接お伝えしたくてお電話しています」
「はい、それで?」
医師はあくまでもそっけない。
「母は入居する直前まで元気で歩いていました。それがわずか三か月で、つま先歩きで転ぶようになりました。右足のくるぶしから先はむくんでいます。人柄も覇気がないというか、反応が鈍いというか、これまでとは別人のようなのです」
「ええ、ですから本日診察を…」
「人間がこんなに急激に変化するなんて、私たちには薬のせいとしか思えません。一旦服薬を中止して様子を見て頂けないでしょうか。このままでは何だか母が壊れて行くようで…」
と言いながら陽子の脳裏にホームに入居する前の元気な房子の姿が浮かんだ。房子はスクーターに乗って手を振っている。
「先生、どうか母をお願いします。薬を…メマリーという薬を切って様子を見て下さい」
陽子は泣いていた。泣いていることに陽子自身が驚いていた。
「そこまでおっしゃるなら、薬を切らないこともないですが、一度にやめると体に負担がかかります。三か月飲み続けた薬ですから、三か月かけて少しずつ減らして行くことになります。とにかく診察をして判断します」
「よろしくお願いします」
陽子が頭を下げた時には既に電話は切れていた。
「どうだった?」
謙一は房子のために泣いてくれる陽子に感動していた。とうに子育てを終えた夫婦の心が、今度は親の介護を巡って寄り添っている。
「三か月かけて減らす?」
説明を聞いた謙一は納得ができなかった。それでは房子に悪い影響のある薬を、さらに三か月飲ませ続けることになる。一度に止めるとどんな不都合があるのだろう。そもそも、記憶障害以外はいたって正常だった房子に、どうしてメマリーが処方されたのだろう。
「とにかく今は診察結果を待つしかないわね」
結果は陽子の携帯に入ることになっている。