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8.転居準備(房子Ⅱシリーズ)
そんな症状が出ているのであれば、直ちに服薬を中止せよという製薬会社の返事に背中を押され、医師と対決する決意を硬くした謙一に、
「さあ、私たち、急いで次のグループホームを探さなきゃね」
陽子が吹っ切れたように言った。
「え?」
「製薬会社にまで電話して医者に治療の変更を迫るんだもの、あなたの言う通り、お母さんはあのホームには居られないわよ」
「やはり陽子もそう思うんだ。ここまで医者に逆らえば、たとえ服薬が阻止できたとしても、きっとホームではけむたがられる」
「私、覚悟を決めたわ。家族の気持ちに全く寄り添おうとしないホームにこれ以上お母さんを任せたくない」
陽子は腹を立てている。
それは謙一も同じだった。
足のむくみを指摘されて以来、二人の心配に真剣に向き合ってもらった実感はただの一度も無い。
「今度はここから近い場所で探そう。高速道路を使って片道一時間半もかかっては、今回のような時に診察にも同行できない」
「そうよね。お母さんは生まれて初めて故郷を離れることになるけど、私たちが頻繁に面会できる距離の方が喜ぶわよ」
「しかし、条件に合うグループホームが見つかったからって、すぐに入れるとは限らないぞ」
陽子はしばらく沈黙したあとで、
「その時は、ホームが空くまで私がここでお世話をするつもりよ」
その言葉には、陽子の並々ならぬ決意が込められている。
「よし!そうと決まれば、もう一度みんなに電話だ」
二人は手分けして評判のいいグループホーム探しに取り掛かった。
人間がケアを受けながら集団で生活をする場所は、外見や金額や立地条件で選ぶべきではない。そこで行われる介護の質で選ぶべきである。むやみに薬に頼らず、入居者一人一人の生活を大切にしてくれるグループホームはないものか。情報は現場で働く人たちのところにある。
二人がそれぞれの人脈からの返事を待っている時、謙一の携帯電話が鳴った。主治医が時間を取ったので明後日の午後二時にクリニックに電話をせよという内容だった。