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10.対決 1(房子Ⅱシリーズ)
二時五分前。グループホーム『はるかぜ』に向かう途中で謙一は車をコンビニの駐車場に停めた。
落ち着いてね…と励ます陽子に、
「ああ」
とうなずいたものの、約束の二時にはまだ三分ある。遅過ぎず、早過ぎず、二時きっかりに電話をしようとしているところに、医師に弱みを見せまいとする無意識の気負いがあった。
「私、鈴木房子の息子の謙一と申します。二時に母の診察結果について説明をすると先生から言われてお電話しています」
「はい、お待ち下さい」
事務的な女性の声に続いて、待ち受けの音楽が流れ始めたまま止まる気配がない。
「どうしたの?」
「相手が出ないんだよ」
と、その時ようやく医師が出た。
「もしもし私二時にお約束の鈴木ですが…」
「はいはい」
謙一の出方を見ているのだろうか、医師は自分から語ろうとはしない。
「母の診察結果をご説明頂くことになっていましたが」
「その件なら、グループホームのナースからお伝えした通りですが…」
「いえ、妻も申し上げましたが、母の変化が急なので、家族としてはメマリーという薬の影響を心配してしまいます。一旦中止して様子を見て頂く訳には参りませんでしょうか?」
「むくみには利尿剤を処方しておきました」
「散歩をさせるとつま先歩きで、三度も転びそうになりました。母はしっかり歩けていたのです」
「診察室ではしっかり歩かれましたよ」
「何だか人格も変わって行くようで、それも気になっているのですが…」
「ご心配には及ばないと思います」
謙一は自分の鼓動が速くなって行くのが分かった。こんなやり取りを続けていても意味がない。
「そもそも、母はどうしてメマリーを処方されたのですか?」
謙一は要望から質問に変えた。すると医師は即座には応えられないで、カルテをめくっていたが、やがて思いがけない返事をした。
「ええっと、記録によると、入居当時家に帰ると言って玄関に立っていらっしゃるという報告をホームの職員から受けて処方していますね」
帰宅の訴えは、薬ではなくケア職員で対応すべきことではないか。