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11.対決 2(房子Ⅱシリーズ)
謙一は医師の説明に納得ができなかった。
「母は住み慣れた我が家を離れてグループホームに入居したのです。しばらくは家に帰りたがるのは当然でしょう?それって治療の対象ですか?だとしたら例えばこうして先生の処方に苦情を申し上げている私にも薬が出ることになりますね」
謙一は憤慨していた。陽子は助手席で聞き耳を立て、謙一は受話器を少し耳から離して、陽子に会話が聞こえるようにした。
「いえ、もちろんそれだけじゃありませんよ」
守勢に回った医師がしきりにカルテをめくる音がする。
「房子さんは随分遠方まで買い物に出かけられていました。文化会館に行こうとして道が分からなくなったこともありました。これらは言わば徘徊ですね。料理のノートを盗まれたと主張されたのは物盗られ妄想です」
「ちょっと待って下さい。料理ノートは記憶の障害で、それ以外にものが盗まれたと大騒ぎをしたことはありません。確かに文化会館の場所は分からなくなっていましたが、帰りは迷わずに帰って来ました。遠くのスーパーまで買い物に出かけていたのは、足腰を衰えさせないという母なりの理由があって、徘徊ではありません。第一、先生が今おっしゃっているのはホームでの観察結果じゃなくて、入居前の様子を書いてお渡しした私たちのメモを読み上げているだけじゃないですか」
憤慨は謙一を饒舌にしていた。
「とにかく一旦メマリーを中止して下さいよ」
助手席で陽子が思わず大声を出した。
「分かりました」
医師は一呼吸置いて、
「そこまでの強いご希望なら中止しましょう。ただ、いきなり薬を止めるのは房子さんの体に良くありませんから、三か月かけて少しずつ減らしていくことになります」
「先生、お言葉ですが…」
謙一は最後の切り札を持っている。
「実は製薬会社に直接お電話して伺ったところ、そんな症状が出ているのなら直ちに服薬を中止せよと言われました。先生の見解と異なっていて、私たちにはどちらが正しいか判断ができません」
先生自身が一度製薬会社と話し合って、どちらが間違っているのか説明して欲しいと言うと、
「ああ、そうですか。それじゃ中止しましょう」
メマリーの使用はあっさりと中止された。
二人の関心は既にこれから見学する『はるかぜ』に向いている。