16.アルバム(房子Ⅱシリーズ)

 謙一はグループホーム『はるかぜ』の駐車場に車を停めた。

 玄関のドアを開けて、

「ごめん下さい、鈴木です」

 謙一が声をかけると、

「いらっしゃい、房子さん、待っていましたよ」

 管理者の尾藤節子が両手を広げ、満面の笑みで居間から廊下へ出迎えた。房子に尾藤の記憶はなかったが、ここまで明るく歓迎されれば、房子も自然に笑顔になる。

「日曜日には散歩と食事をご一緒させて頂いて、楽しかったです。たまたまお部屋が空いたので、お友達の陽子さんに連絡して、房子さんに使って頂くことにしたんですよ。どうぞどうぞ、こちらです」

 テレビを見たり、うたた寝をしたり、タオルをたたんだりしていた八人の入居者たちが、ちらりと房子を見た。

 先に立つ尾藤に従いながら、

「こんな近い場所にとんとん拍子で越すことができて、私たちも喜んでいます」

 運がいいわよね?お母さんと言われれば、頷いた房子の気分は、頷いた勢いで前を向く。

 (私は運がいいのだ…)

 部屋に簡易なロッカーがしつらえられている。その上に謙一は房子の両親の遺影を飾り付けた。二人が見下ろしてさえいれば、見知らぬ部屋も房子にとって安心できる場所になる…と、房子が突然頓狂な声を上げた。

「あれえ?これは私と謙一でないか?」

 日曜日に故郷の町を歩きながら尾藤が撮ったスナップ写真が、アルバムに整理されてベッドの上にさりげなく広げてある。あの日、尾藤が盛んにシャッターを押していたのには、こんな意図があったのだ。

「ここも知っとる。ここも知っとる」

 目を輝かせていた房子は、

「ん?」

 見知らぬ女性と並んで笑っている一枚の写真を見て、子供のような視線を尾藤に向けた。

「わかりますか?それ、私ですよ。房子さんと私のツーショット。房子さん、若く見えるから、私と並んでも友達みたいに見えますね」

 青空に白く光る城、新緑を水面に映して流れる大川、懐かしい街並み、謙一の同級生が経営する喫茶店…。房子は次々にアルバムをめくってゆく。

 何ページにもわたる尾藤の心遣いは、どうやら想像以上に房子の心細さを緩和したようだ。

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