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17.守備範囲(房子Ⅱシリーズ)
房子を「はるかぜ」に入居させた帰り道、
「だいじょうぶかなあ、おふくろ」
心配する謙一を、
「尾藤さんがいてくれれば安心よ。はるばるお母さんに会いに来てくれたし、介護保険に隙間ができないように上手に住民票を移す手続きも教えてくれた。行き届いてるわよ。それに見たでしょ?窓辺の紫陽花とアルバム」
「あれには驚いたよなあ。新しく入居する者の不安にあそこまで配慮してくれるなんて」
二人とも改めて尾藤の気配りに感謝した。
「これで一段落したんだから、前にお世話になったケアマネジャーさんにご挨拶しておいたら?」
謙一はコンビニの駐車場に車を停めた。
「ソフトクリームを買って来てくれよ。その間にメールしておく」
「分かった、バニラね。私も無性に甘いものが食べたいの。二人とも疲れたのよ」
陽子はコンビニに消え、謙一はポケットから携帯電話を取り出した。
『鈴木謙一です。母、房子は故郷を離れ、本日私の住む市のグループホームに移りました。吉村さんには色々お世話になり有難うございました』
陽子が買って来たソフトクリームを車中で食べていると、着信音が鳴った。
『息子さんの近くに移られたのですね。お母様もお喜びでしょう』
吉村からの返信は謙一には意外だった。あれだけ故郷にこだわって入居したグループホームを、わずか三か月で退去する理由が、担当したケアマネジャーとして気にならないのだろうか。
「あなた、どこへかけるのよ」
陽子の質問を置き去りにして、謙一は吉村に電話をした。実情を知っていて欲しかった。
「もしもし、鈴木謙一です。今、返信を頂きましたが、実は急いで転居したのには訳があるんです」
謙一は薬の副作用のいきさつを説明した。
「そんなことがあったのですか。知りませんでした。私たち居宅のケアマネは、ホームのケアマネに引き継ぐまでが守備範囲なので…」
それぞれのグループホームの内情までは知る立場にないのだという吉村に、
「あそこが薬漬けだということは、近くの土産物屋でさえ知っていましたよ」
入居の世話をする専門職なら、ホームの特徴ぐらい知っておくべきだろうという言葉を謙一は喉元で呑み込んだ。脳裏には房子と並んで写真に写る尾藤の笑顔が浮かんでいる。