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19.気配り(房子Ⅱシリーズ)
手を振って謙一夫婦を見送ったあと、
(ここはどこだろう…)
房子は見知らぬ部屋にいた。両親の大きな写真が飾ってあるところを見ると房子のための部屋のようであるが、今、自分がどうしてここに居るのかが分からなかった。写真の下に貼られた紙に、謙一と陽子の電話番号が書かれている。
(そうだ、謙一に聞いてみよう)
房子がポシェットから携帯電話を取り出したとき、ドアが開いた。
「房子さん、お茶をご一緒して下さいね」
長時間の車の移動で、お疲れになったでしょうと言いながら、お茶とお菓子の皿が二つずつ乗ったワゴンを押す尾藤のことを房子は全く覚えていない。
「これ、謙一さんから頂いたお菓子なんですよ」
それにしてもやさしい息子さんを持って、房子さんはお幸せですねと言われると、
「この菓子は私の町の名物なんや」
と言いながら、謙一を褒めてくれる目の前の女性に房子は好感を持った。
「偶然タイミングよくお部屋が空いて、房子さんは運がいいのですよ。いくら私が陽子さんのお友達でも、部屋が空かなくてはどうにもなりませんからね」
(この人は陽子の友達なんだ…)
そのことも房子はすぐに忘れてしまうが、自分との関係が分かると、とりあえずは安心する。
並んでお菓子を食べ、お茶を飲みながら、尾藤はアルバムを開いた。
「ねえ、房子さん、この川は泳げるんですか?」
「子どもの頃は毎日泳ぎに行った」
「鮎が捕れると謙一さんが自慢していましたよ」
「お爺さんが鮎釣りの名人で、たくさん釣って来た」
「羨ましいですね。天然鮎は買えば一匹千円ほどしますよ」
「お婆さんが塩焼きをして、食べきれん分は甘辛く煮て、ご近所に配ったもんや」
「お婆さんというのは、この人ですね?」
尾藤が立ち上がって写真を指すと、
「私のお母ちゃんや。料理の上手な人やった」
「そして、こちらがお父さん」
「腸が弱くて、薬の欠かせん人やった」
故郷と両親の懐かしい想い出を話しながら、房子がすっかり落ち着いた頃、
「夕食ができましたよ」
職員が明るく声をかけた。