20.新生活(房子Ⅱシリーズ)

 食事ができたという声を合図に、男四人、女四人の利用者が、ある者は自力で、ある者は職員に手を引かれながら、食堂の大きな丸テーブルの所定の椅子に着いたところで、

「みなさん、本日入居されました鈴木房子さんです。よろしくお願いしますね」

 尾藤がにこやかに新しい仲間を紹介すると、年老いた八人の視線が、緊張した面持ちの房子の上に緩慢に注がれた。

 房子が慌てて頭を下げるより早く、

「これで女のほうが人数が多くなったなあ」

 女が増えるのは大歓迎だと、後頭部の周囲にだけ白い髪の毛を残した背の高い男性が立ち上がっておどけて見せた。

「まあ、吉川さんったら、張り切っちゃって」

 職員の中で一番年齢の若い加藤聡子が食事を運びながら笑った。あとの六人の利用者は、小学生のように居住まいを正している。

(ああいう調子の良い男は私は嫌いだ…)

 房子は吉川を警戒したが、嫌いだという漠然とした感情を残して、房子の脳には名前も事実も記憶を留めない。

 職員三人に管理者の尾藤が加わって、「はるかぜ」の夕食は賑やかだった。

 九人の利用者の中には、食事介助が必要な二人の他に、見守りの対象が二人いる。その傍らにさりげなく寄り添って、介助と見守りと楽しい会話を交わしながら、職員も一緒に利用者と同じ食事を摂る。それが管理者である尾藤が開設当初からこだわった、グループホーム「はるかぜ」の方針だった。食事を共にすることが、職員、利用者の垣根を超えて、お互いの関係を親密にすることを、尾藤は二十代の保育士時代に体験的に学んでいた。

「今日のグラタンは、我ながら美味しくできました。皆さん味わって下さいね」

「あら、コンソメスープも褒めてもらいたいわ。これ、お湯を注ぐだけのインスタントじゃないんですからね」

「私ね、ここでは手作りの料理を作ってるくせに、家ではインスタントなんですよ」

 グループホームでは利用者同志の会話はほとんど聞かれない。相手の言葉の内容を一定時間保持する能力に欠陥のある認知症高齢者にとって、複数のメンバーでの会話はハードルが高い。その空白を職員同士の明るい会話が埋めている。

「あ、房子さん、スープのお代わりどうですか?」

 手を伸ばした職員の勢いにのまれるように、房子は空になったカップを差し出した。

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