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23.あとがきⅡ「苦情対応」(房子Ⅱシリーズ)
房子Ⅱシリーズの「むくみ」という作品に、次のような場面がある。房子の人格の変容と足のむくみに、ただならぬ事態を感じた謙一から、
「ひょっとして、何か薬を飲んではいませんか?」
と尋ねられた職員は、険しい表情を見せて、
「みなさんに飲んで頂いていますが、どなたも副作用はありませんよ」
と答えたために、
「飲んだ人全員に副作用が見られるような薬は初めから認可されませんよ。千人、万人に一人、症状が出るかも知れないから問題なのでしょう?」
謙一の反発を招いて、しぶしぶ房子の介護記録を差し出す結果を招いている。施設に対する謙一夫妻の不審はここから始まっている。では、この時、職員がこんな対応をしていたらどうだろう。
「確かにお母様には認知症薬を飲んで頂いています。お母様を大切にしていらっしゃるご家族ですから、認知症の進行を抑制するお薬の投与を拒否されるはずはないと勝手に思い込んだのが安易でした。大切にしていらっしゃるからこそ、きちんとご説明して了解を取るべきでした。私の落ち度です。どうかお許しください。製薬会社からは、むくみやパーキンソン歩行の副作用は指摘されてはいませんが、おっしゃる通り、人間は一人一人違いますから、一度服薬を中止して様子を見るのも方法だと思います。とにかく明日一番に診察を受けるよう手配しようと思いますがいかがでしょうか?」
これで大抵の人は攻撃の矛を収めてしまう。その秘訣を分析してみよう。
服薬を疑う謙一の問いに対して、職員はあっさりと事実を認めた上で、謙一夫妻が房子を大切にしていることを前提に、だから認知症薬の投与に異論があるはずがないという施設側の判断と、だからこそ投薬について了解を取るべきだったという率直な反省を伝えて謝罪している。そして、副作用に関する製薬会社の情報をさりげなく提供しながら、個人差を認め、服薬中止を視野に早速の受診を提案して、いかがでしょうかと、その決定を謙一に委ねている。言い訳や防衛を排除した中に、房子を思う謙一の気持ちに対する理解を示し、謙一の求めるであろう結論を提案し、いかがでしょうかと聞かれれば、謙一に反論の余地はない。
相手を認めて対立を避ける。要求を先取りして提案する。決定は相手に委ねる。これが苦情対応の王道であろう。職員も医師もそのようにしていれば、謙一夫妻の不審はここまで大きくはならなかったかも知れないのである。