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ふじ枝の大正琴(07)
令和01年03月16日
柴田里美の挑戦が始まった。西部包括で手に負えなかった吉田ふじ枝の心の扉を、自分の手で開いてみたい。
あれからも、店から連絡をもらって、ふじ枝がスーパー・ハヤカワに来店する度に店内での接触を試みたが、ふじ枝の警戒は増すばかりで、最近では里美の姿を見つけると、ふじ枝の方が商品棚の陰に身を隠すようになった。偶然の出会いを装って、買い物から帰るふじ枝を、家の近くで待ち構えてみたが、やはりふじ枝は、里美と見るや、そそくさと門扉の内に消えて玄関に鍵をかけた。やむを得ず、ふじ枝を担当する民生委と喫茶店で落ち合って、ふじ枝との関係の仲介を頼むと、
「仲介なんて無理ですよ、無理。ふじ枝さんには私、あなた以上に警戒されていますからねえ。二年ほど前、強引に接触を求めたのがいけませんでした」
原田由香子と名乗る民生委員は、しきりに恐縮して失敗談を披露した。
「吉田さん、民生委員の原田です。地域包括支援センターと一緒に一人暮らしのお年寄りのお宅を回っています。何かお困りのことはありませんか?」
門扉のインターホンに向かってそう言うと、
「何も困っていません」
ふじ枝の返事はにべもなかった。
「郵便受けに名刺を置いていきますので、何なりとご相談下さいね」
最初のうちは、そう言って引きあげていたが、一向に効果がないことが分かると、原田は包括とは別に、単独で訪ねるようになった。何とかふじ枝を自分の力だけで受診に漕ぎつけたかった。新任民生委員として功を焦っていたのだと原田は当時の自分を振り返る。
「吉田さん、今日は燃えるゴミの日ですよ。お手伝いしますから一緒に出しましょう」
と言えば、
「ゴミはありません」
と断られ、
「吉田さん、七十五歳以上のお年寄りの健康診査があります。皆さん行かれますからご一緒にどうですか?」
と誘えば、
「どこも悪くありません」
と断られた。
しばらくは門扉のインターホン越しに不毛なやりとりを繰り返したが、ただの一度もふじ枝が姿を見せることはなかった。
そこで、ふじ枝が買い物から帰って来るのを待ち構え、
「吉田さん、お目にかかれて良かった。何度もお伺いしている民生委員の原田です。今日は認知症カフェのお誘いに参りました。ワンコインで皆さんとお茶を飲んでおしゃべりができます。どうですか?楽しいですよ」
と声をかけたのがいけなかった。
「何が認知症カフェですか!あなた、私を認知症扱いするのですか!」
ふじ枝は怒りを露わにして門扉の中に消え、市役所の市民相談室に電話した。かつてふじ枝はそこに勤務していたことがある。電話番号は当時のまま固定電話の壁に貼ってあった。
「もしもし、私、城西通りの吉田ふじ枝です。民生委員を名乗る原田という怪しい女性から執拗な嫌がらせを受けて困っています。何とかして頂きたいのですが…」