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ふじ枝の大正琴(20)
令和01年04月18日
三日後に小山春子の都合がついたので、一緒にふじ枝を誘うと、ふじ枝は嬉しそうに門扉から出て来て、稲本の運転する軽自動車に乗り込んだ。前回と違う服を着ていて、スカートの下にパジャマは履いていなかった。
「あれ?ふじ枝さん、大正琴は?」
春子が聞くと、
「それが見つからないのよ」
どこへ仕舞い込んだのやら…と、ふじ枝は残念そうである。
「そんなこともあろうかと、安ものですが一つ買っておきましたよ。弾いてみたいとおっしゃる利用者さんがあるかも知れませんからね」
稲本がちょっと得意そうに言った。ネットで検索すると、値段はピンキリだったが、安いものは一万円以下で買えた。しかも注文した翌日にはもう『集いの家』に配送されている。
前回と同様、二人は十一時頃からボランティアとしてデイに加わり、昼食を食べ、三時のおやつを済ませるまで利用者と過ごした。ふじ枝も大正琴の勘が戻って来たようで、稲本が購入した琴を弾いて自慢気だった。
それから二日置きに三度『集いの家』に出かけて、利用者ともすっかり顔馴染みになった、帰りの車の中のことである。
「ねえ、稲本さん」
春子が改まった口調で、あらかじめ稲本から教わった台詞を言った。
「私たち、行けばお昼とおやつをご一緒しますが、費用を負担させて頂かないと心苦しいのです。皆さんと同じ実費を請求して頂けませんか?」
そうでしょ?ふじ枝さんと言われて、ふじ枝に異論はない。
「しかし、ボランティアに来て下さったお二人から費用を頂くというのは…」
「いえ、金品を受け取らないからボランティアなのです。このままでは、私たち、食事やおやつが欲しくて出向いていることになってしまいます。ボランティアは自分の楽しみで活動しているのですからご心配なく」
ね?ふじ枝さんと、春子がまたしてもふじ枝を見た。
そういえばふじ枝は、昔、同じことを琴奏会の仲間たちに言っていたような気がする。
「春ちゃんの言う通りです。実費を負担させて下さい」
「是非そうお願いします」
後部座席に並んだ二人に口ぐちにそう言われ、
「分かりました。それでは心苦しいですが、次回から昼食代を五百円、おやつ代を百円頂きます。その代わり、長いお付き合いをお願いしますよ」
「一人でお昼を食べても六百円じゃ足りません。その上、お茶とおやつを頂いて、皆さんと楽しく過ごせるのですから、私たちにとっても願ってもないことですよ」
年寄りの一人暮らしには、行くところもありませんからね、という春子の言葉を聞いて、ふじ枝はその通りだと思った。家とスーパーを往復するだけの生活では、店員に苦情でも言わない限り、終日誰とも口を利かない日だってある。
「春ちゃん、また誘ってね、私、あんな楽しい所なら毎日でも通いたいくらいだわ。構わないでしょ?ええっと、ええっと」
「稲本です。稲本正和。もちろん大歓迎ですよ」
ふじ枝は、里美が聞いたら耳を疑うようなことを言った。