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ふじ枝の大正琴(22)
令和01年04月25日
ここまでの進捗の報告のため中部包括支援センターを訪れた稲本に、
「そうですか…やっぱりゴミ屋敷でしたか…」
ため息をつく柴田里美の傍らで、
「これって地域ケア会議を開くいい機会じゃないですか?」
山内達也が言った。
地域ケア会議とは、高齢者が抱える課題の解決のために、関係者を集めて協議をする場で、たいていの市町村は実施を地域包括支援センターに任せている。しかし高齢者の課題が浮上するときは緊急で、特定の支援者が、必要な都度、必要な関係者と連絡を取って解決してしまう。会議を招集しようとすると、会場を押さえたり、参加者の予定を調整したりしているうちに支援のタイミングを逃してしまうため、結局は年に何回か、決まった時期に、関係機関や団体の代表ばかりを集めて、形式的な報告会のような会議でお茶を濁している。
「ふじ枝さんは今が節目です。これから正式に『集いの家』に通ってもらおうとすると、要介護認定を受けなくてはなりませんが、これは西部包括の仕事です。認定に必要な主治医の意見書には医師の協力も必要です。デイサービスの他にホームヘルプの利用が必要になるでしょうから、居宅介護支援事業所との連携も大切ですが、これは要介護認定のあとになりますよね。それから、ゴミ屋敷状態の改善ですが…」
「あ、それについては…」
稲本に考えがあった。稲本は社会福祉協議会が主催する認知症サポーター養成講座の講師を務めているが、地域で役に立ちたいと思って受講しても、オレンジリングが支給されるだけで、活動する機会がないという不満を聞いている。
「サポーターから有志を募って、家の片づけができないものかと思っているのですよ」
「…ということは、受講生の名簿を持っている社会福祉協議会の担当者にも参加してもらわなくてはなりませんね」
山内が提案すると、
「あと、春子さんですよ、春子さん。一番の功労者の小山春子さんには参加して頂かないと」
里美が発言した。ふじ枝の支援に春子の協力を取り付けたのは里美であった。
こうして中部包括の柴田里美と山内達也、西部包括の鈴村綾子、初期集中支援チームの松澤医師、認知症サポーターを養成している社会福祉協議会の担当者、市役所からは介護保険の認定調査の担当者、それに稲本と小山春子を加えて開催された、吉田ふじ枝のための地域ケア会議は有意義だった。
「あの…そういうことでしたら、私、『集いの家』に行きますから、ふじ枝さんと一緒のところで稲本さんから提案して頂いたらどうでしょう。継続して通うのなら利用者になったらどうかって。そのためには健康診断書が必要だとおっしゃって下されば、一緒に受診しましょうと誘ってみます。私が一緒ならふじ枝さんきっと受診するような気がします」
小山春子が受診への協力を申し出た。
「それは名案ですね。そうなれば、万事承知の上で私が意見書を書きましょう。春子さんから先に話を聞いて、同じ問診だと言えば、ふじ枝さんは警戒しないでしょう。だけど、実際にはどこにも受診歴がなくて、情報がありませんから、あらかじめ意見書の項目に沿って本人の様子をまとめておいて下さい。」
初期集中支援チームの松澤医師が請け合った。
「意見書さえあれば、要介護認定の申請は私が行います。単身者の場合、包括が申請行為を代行することは制度的に認められています」
西部包括の担当である鈴村綾子が言うと、その発言を市の担当者が引き取って、
「申請が済めば、認定調査はお任せ下さい。介護保険証の切り替えに伴って、簡単な質問に答えて下さいと言えば、大抵はすんなりと承知してくれます」
ただ、ふじ枝さんの場合、調査も小山さんと一緒の方がよさそうですから、自宅ではなく『集いの家』を使わせて下さいねと言った。
「もちろん使って下さい。うまくデイに通うようになっても、ヘルパーの家事援助は家が片付いてからになりますから、私は取り敢えず、ゴミ屋敷の改善に全力で取り組みます」
「では認知症サポーターの皆さんの協力をどんなふうに募るかについては、改めて稲本さんにご相談します」
社会福祉協議会の担当者も張り切っている。
「お願いします。居宅支援事業所とヘルパーステーションをどこにするかは、そのときが来たら、また皆さんで話し合いましょう」
本人との相性は大切な要素ですからねという稲本の発言で、ふじ枝という個人を巡る初めての地域ケア会議は終了した。
関係者が状況と役割を共通認識することは、こんなにも心強いことを参加者全員が実感した。とりわけ小山春子は、たった一人の友人のために、これほどたくさんの人が親身になってくれている実態を知って感動していた。