ふじ枝の大正琴(27)

令和01年05月07日

 六月に入って二回目の地域ケア会議が開かれた。

 まずは稲本が吉田ふじ枝の支援経過と近況について報告すると、

「そうですか…。接触することさえ難しかったふじ枝さんに、要介護認定を受けさせて、デイサービスに通わせて、とうとうゴミの撤去を認めさせるところまで漕ぎつけたのですね」

 変化がある度に稲本から状況の報告は受けてはいたが、いよいよゴミの片付けが話し合われる段階になったことに中部包括の主任ケアマネである柴田里美は改めて感動していた。スーパー・ハヤカワから通報があった頃を振り返ると大変な進展である。

「私どもでは手が出せず、中部包括も拒否されて、稲本さんがいなければ、やがて本格的なゴミ屋敷として地域は手を焼いていたことでしょう」

 西部包括の鈴村綾子主任ケアマネも、あの頑固な吉田ふじ枝の変化に驚きを隠せない。

「いえ、これは役割分担ですよ。私は私の得意な役割を果たしただけです。キーパーソンである小山春子さんを発見したのは柴田さんですし、『集いの家』まで出向いて主治医の意見書を作成して下さったのは松澤先生です。西部の鈴村さんは要介護認定の申請を代行して下さいましたし、認定調査では市の調査員の方にお世話になりました」

 稲本は認知症ケアが一人ではできないことを強調し、

「ゴミの片づけも一人ではできません。ふじ枝さんの住居から遠い場所にお住いの認知症サポーターを募ったらどうかと思っているのですが…」

「なるほど、他人の家の奥まで入るのですから、近場の人では差し障りがあるかも知れませんね」

 社会福祉協議会で認知症サポーターの養成研修を担当している丹羽正春は、

「で、何人必要ですか?」

「マンションに挟まれて建つ、広くもない戸建てですが、二階もありますから、上三人、下三人で、私を含めて六人程度は必要でしょう。出たゴミはその日のうちに処理場に運び込みたいので、誰かそのあたりの手続きを…」

「日にちが決まれば私の方で、環境事務所と掛け合って、特別回収を依頼しましょう。ただ翌朝ということになると思いますよ」

 こういうときに市の職員は心強い。

「翌朝に回収ということは、道路に積んでおく訳には行きませんよね?」

 山内の気がかりは、

「門扉の内側に積んでおいて頂いて、翌朝、西部包括が人数を確保して外に出しましょう。本来はうちが支援すべき人ですから、それくらいのお手伝いはさせて下さい」

 鈴村が提案し、

「しかし、早朝に知らない人たちがやって来て、敷地から何か大量に運び出すとなると、ふじ枝さんが不穏になりますかねえ…」

 という鈴村の不安は、

「回収はできるだけ早い時間にして頂いて、西部の皆さんが門扉内から運び出す間、私がふじ枝さんの相手をしていましょう」

 稲本が解消した。

「それじゃ、ゴミの回収は西部と稲本さんにお任せするとして、私はサポーター養成講座の受講生名簿を拾って、ふじ枝さんの家から遠い人を当たってみましょう。五人ですね?」

「いえ、中部包括からは私、山内が参加しますので四人です」

「西部からは私も加わらせて下さい」

 山内も鈴村もゴミ屋敷の片付けというものを経験してみたい。

「それじゃ、とりあえず三人ですね?」

「あ、そうそう前庭の雑草を刈り取らなくてはなりませんから、やはりサポーターは五人お願いします」

 ゴミ袋の数、軍手、草刈り鎌、マスク等々、必要物品を決めて、

「それじゃ一旦『集いの家』に集まって頂いて、うちのワゴンで一緒に出掛けましょう。当日またお話ししますが、台所はほぼ片付きましたから、汚れ物は少ないと思います。それから他人の所有物を捨てるのですから、本来なら一つ一つ本人の了解を取るべきですが、聞かれると捨てられないのがお年寄りの習性ですから、私経由で聞いて下さい。最後に、参加者は稲本の友人という体になっていますのでお含み下さいね」

 こうしてゴミの片付けについては行動計画が整った。

「ところで、ふじ枝さんは、デイに行かない日の生活は大丈夫なのですか?」

 里美はふじ枝の日常が想像できない。ぽっかりと自由な四日間を、いったいどうやって過ごしているのだろうか。

「食事はコンビニでお弁当を買っているというお話しですが、栄養的にも宅配弁当の方が好ましいですよね」

「確かにそうですね。でしたら私の方で宅配弁当業者と契約して、デイの日の夜と、デイのない日の昼と夜の食事をふじ枝さんにお届けするように手配しましょうか?費用はデイの立て替え分として引き落とせます」

 一旦サービスの拠点が決まると、こういった融通が利く。

「しかし、ふじ枝さんは通帳から引き落とされる金額は気にされないのですか?」

 鈴村の質問に、

「不思議ですね、郵便局で毎月十五万円現金を下ろしていらっしゃいますが、残高は気にされません。しかし平日はデイに通い、食事は宅配にすれば、十五万円は多すぎます。余った現金が仏壇の下にたまって行くのも物騒です」

「確か払出票には郵便局員が金額を書いているのでしたよね?例えば、お年寄りを狙う詐欺が増えて、特別な理由がなければ一度に十万円を超えては下ろせなくなったという説明を局員からして頂いてはどうでしょう?」

 山内が提案した。

 地域ケア会議のメンバーは、稲本が主導して取り組んできた一連の支援の経緯を通して、本人に好ましい意思決定を促すための状況設定を自由に発想できるようになって来ている。

「そうですね。それだったらふじ枝さんは抵抗がないでしょう。今度のことで知り合った高橋さんという郵便局員に相談してみます。ふじ枝さんが信頼している局員さんです」

 稲本は、ガスコンロに積まれたご当地名産品の箱を目にしてうろたえていた高橋紘一の顔を思い出していた。

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