防犯のシナリオ(07)

令和01年05月28日

 達彦の就職活動はさんざんだった。どこの会社を受験しても、一次試験はパスするが、面接で落ちた。

「あなた、ご両親は?」

「この夏に二人とも自動車の自損事故で他界しました」

「それは…大変なことでしたね…で、ご家族は弟さんだけに?」

「はい。伯父叔母はいますが、家族としては二人きりになりました」

「履歴書によると弟さんは…」

「自閉症で障害者の作業所に通っています。ちゃんと一人で通勤していますし、身の回りのことは自分でできます」

「炊事は?」

「朝は勝手にパンと牛乳を食べて出て行きます。昼は作業所で給食が出ます。弟は調理は不得意ですので、夜は私が作ったりコンビニで買ったりしています」

「…ということは、あなたは単身赴任とか、宿泊を伴う出張とかは無理ということですか?」

「就職したら夜も給食を取ろうと思っています」

「給食さえ取れば、長期にあなたがいなくても弟さんは一人で生活ができるということですか?」

「いえ、弟だけで長期に自立生活という訳にはいかないと思いますが、前もって予定が分かれば一時的に預かってくれる制度もありますので…」

 とは答えるものの、環境や生活のリズムが変わると秀夫は間違いなくパニックになる。だから両親の通夜も葬儀も欠席したのだった。秀夫についての不安が達彦の脳裏をチラッとでもよぎると、それを面接官は見逃さなかった。

「そうですか…。あなたも苦労ですが、どうか弟さんを大切にしてあげて下さいね」

 面接の結果は書面で差し上げますのでお待ちくださいと言われて不採用の通知が来た。既に七社受験して七社とも落ちた。能力や人柄で落とされるのではないと理解してはいても、不採用が重なると、お前は不必要な人間なのだと言われているようで、たまらなく惨めになった。

 またしても不採用の通知を受け取った日、達彦は求人情報を得るために大学のキャリア開発課に向かった。雲一つない青空と、行き交う学生たちの明るい話し声が達彦を却って憂鬱にした。こうやって結局、派遣登録社員になるのだろうか…。仕事に慣れた頃、来月からは別の会社に行けと言われる生活が始まるのだろうか…。どこにも帰属意識の持てない生活に耐えられるだろうか…。際限もない不安に押しつぶされそうになったとき、

「西岡先輩!」

 すれ違いざまに声をかけられた。

 振り向くと三年生の中山亮一が花粉症予防のマスクを外して、

「ご両親が大変だったみたいですね先輩。あまりのことに言葉もなくてメールもできませんでしたが、落ち着きましたか?」

 と聞いた。

「まあな…」

 達彦があいまいに応えると、中山は慌てたように、

「そうですよね、そう簡単には落ち着きませんよね。気を悪くしないで下さいよ」

 気を悪くするなと言われると、言われた側は気を悪くすることを達彦は初めて経験した。そろそろ就職活動ではないかという中山には答えず、

「そっちこそどうだ、台本は?書いてるんだろ?」

 と話題を変えた。

 卒業論文と両親の死と就職活動が重なって、半ば退部状態になっているが、達彦と中山とは演劇部の仲間だった。何度も主役に抜擢されて演技には定評のある達彦と違って、中山は端役しか与えられなかった、

「本当に悲しいとき、人間はそんなふうには泣かないだろう。お前の演技にはリアリティがないんだよ。もっと人間を観察しろ」

 ボランティアで指導に来る市民劇団の監督からは、いつもそんなふうに指摘されていた。演技で評価されないのならと、中山はシナリオの作成に挑戦しているが、シナリオにもリアリティが欠けていて、監督はもちろんのこと、採用に必要なだけの部員の賛同も得られないでいる。

「今度のは自信作なんです」

 中山はバッグから未発表のシナリオを取り出した。表紙には大きく『孤独な出会い』というタイトルが躍っている。

「孤独な出会い?」

「はい。前段は、多額の貯えがありながら、認知症のために地域から孤立してゆく高齢者の孤独と、非正規雇用のために社内で孤立してゆく貧しい若者の孤独を対比して描いています。後段では、貯金を騙し取る目的で若者が高齢者に接近する過程で、二人の間に不思議な友情が芽生えて行く様子を描いています」

 非正規雇用で孤立する貧しい若者とは、自分が今直面している運命ではないかと達彦は思いながら、

「なるほど。認知症も若者の貧困も今日的で、設定は面白そうだな。しかし問題は登場する人物のリアリティだ。大切なのは人間がしっかりと描けているかどうかだぞ」

「はい。ですから尊敬する西岡先輩の感想を真っ先に伺いたいのですよ」

 そう言われては断れない。達彦は受け取ったシナリオをリュックに入れて中山と別れた。

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