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防犯のシナリオ(14)
令和01年06月14日
それでは警察からお尋ねがあった際には、くれぐれもよろしくお願いしますと念を押して電話は切れた…が、受話器を置いたとたんに再び電話が鳴った。
「こちらは西警察署ですが、村井泰三さんのお宅でしょうか?」
名乗るより先に大きな声でそう聞かれて、
「はい。たった今、郵便局から連絡を頂いて、ご協力するよう言われたところです」
泰三は思わず恐縮した。警察の口調には抗えない威圧感がある。
「それなら話は早いですね。外国人の大がかりな詐欺グループが郵便局のキャッシュカードを偽造して、他人の口座から多額の現金を引き出す事件が続出しています。村井さんのカードも被害に遭うところだったようです」
「はい、引き出される寸前で郵便局が止めて下さったと伺っています」
「運がよかったですよ、村井さん。事情をお伺いしたいのと、このようなことが二度と起きないようにするために担当を差し向けました。間もなく到着すると思いますので、通帳とカードを用意してお待ちください」
「通帳とカードですね?印鑑は要らないのですか?」
「印鑑までは結構です」
「分かりました。お手数をおかけします」
泰三が待っていると、五分もしないうちに今度はチャイムが鳴った。玄関には制服姿の若い警察官が立っていて、
「村井泰三さんですね?」
よく通る大きな声でそう言った。
「はい、お待ちしていました。村井です」
「署からの連絡でご存じだと思いますが、村井さんのカードが偽造されている可能性があります。通帳とカードはご用意頂いていますね?」
若い警察官は通帳とカードを受け取って番号を手帳に控えると、それをゴムバンドで束ねて泰三に返し、矢継ぎ早に質問を繰り出した。
「村井さんは、いつも同じ郵便局を利用していますか?」
「月に何回ATMを利用しますか?」
「年金以外に振り込みはありますか?」
質問が一段落したところで、
「一か所の郵便局しか利用されないのであれば、警察から郵便局に依頼して、他の郵便局では偽造カードが使えないように手配できます。万一を考えて皆さんそうされていますが、どうされますか?」
と言われて、泰三は夢中で頷いた。
「では、この用紙に暗証番号を記入して、私に見せないように二つ折りにして下さい。二つ折りにしたままこの封筒に入れて頂きます」
『暗証番号届』と印刷された紙片と封筒に、ボールペンを添えて差し出した。紙片の中央の四桁のマスに泰三が暗証番号を書いて二つ折りにして、そのまま封筒に入れた。封筒には赤々と『極秘』という文字が印刷されている。若い警察官は中を見ないで封筒を厳重に糊付けをした。
「これで手続きは完了です。もう被害に遭うことはありませんのでご安心下さい」
警察官は封筒を胸ポケットにしまって敬礼をした。
「では村井さん、お返しした通帳とカードは、くれぐれも厳重に保管して下さいね。それからカードを使うときはご自分の背後を注意して下さい。背の高い外国人が肩越しに暗証番号を盗み見る手口が用いられているようです」
警察官は重々しく注意をして帰って行った。
悪いやつもいるが、日本の警察はその上を行く。
泰三は輪ゴムで束ねたままの通帳とカードをいつものように仏壇の経本入れに保管すると、
「やれやれ、いくつになっても警察には緊張するぞ」
とつぶやいて鈴を勢いよく一つ鳴らした。
鳴らしたとたんに泰三の脳は一連の出来事を忘れた。