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豪雨(6)
令和05年01月31日
被災地の町長は忙しい。激甚災害の指定や、財政支援の要望のため、朝から関係機関に頭を下げっ放しで戻って来た町長の机で電話が鳴って、
「あの、県の保健医療課から電話です。不在だと申し上げているのに、本日三度目の電話なんですよ」
代表案内が大袈裟に取り次いだ割には用件に緊急性はなかった。被災地へ心のケアチームを派遣する用意があるという。
「こういうことはご存知のように時期を失すると意味がありませんので、被災から十日経った辺りで第一陣の派遣要請をして頂くというのはいかがでしょう。これならば要請する側も派遣する側も、早過ぎるとか遅過ぎるという非難は免れると存じます。第二陣以降につきましては、一陣を派遣した様子で改めて検討するということで…」
高岡と名乗る精神保健福祉係長は言葉巧みに提案するが、こんな具体的なことを直接首長に尋ねられても困ってしまう。しかし心のケアであろうがペットのケアであろうが、被災地としては上級機関からの支援の申し出を断るという選択はあり得ない。
「もちろん、私どもとしましては、どんな支援でも歓迎する立場ですが、何しろまだばたばたと落ち着かない状況ですので、時期や方法など具体的なことにつきましては、直接福祉課長とご相談ください」
その旨担当課長に申し伝えておきますので…と切った電話で町長は、福祉課長に連絡した。こういうことはすぐに処理しておかないと忘れてしまう。
「塩崎課長だね?」
「こ、これは…町長、はい塩崎でございます。あの、何か良くないことでもお耳に入りましたか?」
「いや、苦情じゃないから安心したまえ。実はつい今しがた県の保健医療課から電話があってね、心のケアチームを派遣したいので要請してくれという内容だった。立場上、断る訳にもいかないので、時期や方法など具体的なことは福祉課長と直接相談するよう返事をしておいた。ま、電話があったら、ひとつよろしく頼むよ」
「あ、はい。かしこまりました」
電話があったら、よろしく頼む…。
塩崎は血液が逆流するような怒りを感じた。自分が断った依頼を、その日のうちに町長にされたのでは福祉課長の立場がない。しかし自分は町長を頂点とする組織で中間管理職として働いている。その頂点からよろしく頼むという指令があれば、部下としては従うしかないではないか。
「近藤くん、今回の災害で心を病んでいる住民なんているのかね?」
「え?心を病んでいる住民って…あ、ひょっとして、例の、県からの依頼ですか?」
「ああ、心のケアチームの派遣だよ。おれが断ったら、今度は町長に話が行った。汚いよな、やり方が…。町長は政治家だから県からの申し出を断るはずがないと踏んだんだ」
「…で、町長は?」
「よろしく頼むって」
一瞬、近藤係長の表情も険しくなったが、
「では受け入れ態勢を整えるしかありませんね」
上官の命令に服する兵士の顔になった。
「チームはいつ来るんですか?」
近藤の思考が具体性を帯びた。
「こちらの要請に基づいて派遣される建前だが、被災から十日後には第一陣の派遣を要請して欲しい口ぶりだった」
「十日後…ということは今日が五日目だから、あと五日しかないということですね、それでは急がないと…」
近藤係長は頼もしかった。こんなとき心のケアチームが役場の一室で待ち構えていても、住民が相談に来るとは思えない。かと言って、相談者が皆無で、県からはるばる派遣されたチームに無駄足を踏ませては町長の面目に関わる。
「チームには心を病んだ住民の家を訪問してもらいましょう」
「心当たりがあるのかね?」
「いえ、理由を言って、気心の知れた年寄りにこちらから頼むのですよ」
話は思いがけない方向に進んで行くが、近藤係長の提案は案外名案ではないかと塩崎課長も思い始めていた。
同じ頃、高岡精神保健福祉係長は町長の反応を赤塚課長補佐に報告した。
「補佐がおっしゃる通り、町長としては支援を歓迎するので、具体的なことは福祉課長と相談して進めてくれということでした」
「ふむ…。それでは早速、福祉課長に電話だな。くれぐれも議会開催日の二十一日に第一陣を派遣するという線で頼んだよ」
それでいいですね?という表情で視線を送る赤塚に、長澤課長がかすかに頷いて見せた。