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採用面接
令和05年06月12日
「私も服役のことを聞くまではC判定でした。それにしても、公務員試験だというのに弟が服役中などという不利益な話をどうして佐島さんはしたのでしょう…」
池内主任にはそこのところが理解できない。
「それだけ弟さんのことは佐島菜穂さん…というより、佐島家にとって深刻な事態なのでしょう。話題がそこに及んで、思い余って打ち明けてしまったのでしょうね」
堀川の言葉に深くうなずきながら、
「しかしどんなに思い余っても、話すべきではないという判断ができなくなるところこそ問題なのだと思います。そもそも弟さんだって怒りに駆られて反撃さえしなければ、罪に問われることもなかったはずですからね」
兄弟に共通した激情型の気質を感じます…という奥原の意見には説得力があった。
「確かにそうですね、クレーマーのような市民がたくさんいる時代です。理不尽な主張や要求に腹を立てて怒りを制御できないような人物を採用してしまえば、行政は爆弾を抱え込むことになります」
「厄介な職員は厄介な市民より厄介ですからね」
堀川の発言にうっかり笑いかけた池内は、慌てて真面目な顔を取りつくった。
「それでは残り五人の中から、あと二人、評価の低い人物を特定して気の重い任務を終えましょう」
と堀川が背筋を伸ばしたとき、会議室のドアがノックされた。
採用試験は受験生の便宜を優先して、たいていは日曜日に行われるが、不測の事態に備えて人事課には職員が一人待機することになっている。
「失礼します」
軽く会釈して堀川の傍らに歩み寄ったスーツ姿の女性職員は、A4のメモを机に置いて、
「早い方がいいと思いまして…」
録音もしてございますと堀川の耳元でささやいた。
「ん?」
堀川は驚いたように女性職員を見上げたが、メモにざっと目を通すと、他言無用というように目くばせをして職員を帰らせた。
奥原沙也加と池内一也が堀川を見つめている。
堀川は、苦い薬を飲み下すような表情で、走り書きのメモを読み上げた。
『十五時四十分。佐島菜穂より携帯電話。興奮気味。本日の採用面接で弟の服役の事実について打ち明けた。他の受験生二名が聴いていた。話したくなかったが、面接官の圧力に屈した。人権問題だ。不採用になれば納得できない。断固抗議する予定』
堀川が差し出したメモに奥原が目を通して池内に回した。
「さすがにこれは言いがかりでしょう!彼女は自分から話したのですから」
池内の言葉は怒りを帯びていた。
堀川は沈黙している。
堀川には、佐島が言い淀んだとき、弟のことをもっと知りたいと強く思った記憶がある。答えを強要したつもりはないが、促した自覚はあった。その結果、思いがけない事実が判明したのであるが、佐島の側からすれば、極めてプライベートな事実を不本意に言わされたという印象になるのだろう。合否に関係し兼ねない秘密をうかうかと話してしまったことを悔いたとしたら、巧みにそれを聴きだした面接官にマイナスの感情を抱くのも無理はない。