お仕置き(17)

令和05年12月21日

 あすなろフェスタの実行委員に選ばれてから、郁代はにわかに忙しくなった。通常業務が減るわけではないから、準備は必然的に残業になった。

「これを参考に、新しい企画を盛り込んだプログラムの案を作成して今週中に見せてくれ。おれは招待と案内の文書を作って発送する」

 岸谷はそう言って昨年のプログラム、シナリオ、写真、経費の明細などを一括してどさっと郁代の机に置いてパソコンに向かった。招待と案内の文書は昨年のデータが残っている。ブログラムの内容が未定でも、開催日時さえ変更すれば簡単に作成できる。問題はプログラムである。

 郁代は昨年の資料を見た。

 一番広い二階の多目的室の壁に沿ってボランテイア団体によるカレーライスとおでんと飲み物の模擬店が並び、一階の二つの活動室には利用者の創作作品の展示と、町内会の役員主催のバザーのコーナーがしつらえてある。二階にある二つの活動室はパーテーションを外して一続きにし、輪投げや玉入れなど簡単な遊戯コーナーがあって、ちょっとした賞品が用意されている。時間になると、多目的室の四分一をパーテーションで仕切ってステージに見立て、職員が二組に分かれて二十分程度のアトラクションを演じる。前沢の総合司会で、十時から来賓の挨拶が始まり、十五時に市川所長が謝辞を述べるまで、昼食を挟んだ五時間のイベントである。

「あ…私、会議でも申し上げた通り、これまでのフェスタを一度も見ていないので、具体的イメージが持てないのですが、このプログラムの中で、マンネリを破って新鮮さを演出しようとすれば、例えばどの部分でしょうか?」

 郁代が恐る恐る聞くと、

「何言ってるんだ、全くイメージがない真っ白な状態だから、過去にとらわれない斬新な企画ができるんじゃないか。とにかく自分で一から考えて見ろ。期待してるぞ」

 岸谷は正論のような暴論のような言葉を残して帰って行った。

 郁代は途方に暮れながらも懸命にアイデアを考えた。

 フェスタを構成している要素ごとに変更の余地の有無を検討して見ると、模擬店は恐らく参加者が最も楽しみにしている催しだから残さなくてはならない。それに模擬店が提供するカレーライスやおでんは参加者の昼食代りでもある。メニューを変えるという手もあるが、ボランティアグループの自主的活動に対して主催者からメニューを指定するわけにはいかない。長い歴史の中で費用や提供の便利さを考えてカレーとおでんと飲み物に落ち着いているのだろう。バザーも自治会の恒例行事であり、フェスタのために役員が努力して家庭に眠っている不用品を集め、売り上げは施設に寄付してくれている。絶対にやめる訳にはいかない。輪投げや玉入れなどの遊戯の内容は、担当してくれるパート職員に任せるとして、変えることができるとすれば、職員のアトラクションなのだが…と思ったとき、突然、郁代の脳裏に、学生時代、児童養護施設での実習で経験した夏のお化け屋敷の光景が浮かんだ。

 遊具室を段ボールで区切って迷路を作り、お化けや幽霊に扮した保育士が曲がり角ごとに出現すると、児童たちは大声をあげて喜んでいた。郁代も一つ目小僧のお面を被って活躍した。あれを多目的室全体に展開するのは難しいだろうか。冷蔵庫を収納する段ボールなら、大人が一人優に入れる。それを部屋全体に適当な間隔で配置し、その間を暗幕でつないで迷路を作る。豆電球程度のたよりない灯りがともる内部に、墓場や古井戸や晒し首の並ぶ刑場などを配置して怖い音楽を流す。職員は思い思いに工夫した化け物に扮して段ボールの中に潜み、利用者や参加者が通りかかるタイミングで、切り取った箱の側面からぬっと現れて怖がらせる。お化け屋敷を出て来た者には記念品を渡し、最後は参加者と化け物とが肩を組んで写真に納まれば記念にもなる。模擬店も式典も一回の活動室に移動する。そうすれば、全体が全く新しいイベントのような印象に変わるに違いない。

 郁代はそれをA4一枚にまとめて小島直樹に電話をした。

「もしもし。先輩、フェスタの案を考えてみたのですが、ご意見を聞かせてもらえないでしょうか?」

 岸谷に提案する前にどうしても小島の意見を聞いておきたかった。

「フェスタの案って、郁代、こんな時間にまだ職場にいるのか。もう九時を回ってるぞ」

「新しい企画を考えるのが私の役割ですから」

「お前、会議で言われたことを真に受けてるのか?あれは新人を副委員長にするときの決まり文句だよ。おれんときも言われた。それに、新しいったって、くふうする余地は遊戯の内容と職員のアトラクションしかないわけだから、どちらも責任者と予算だけ決めて、それぞれ斬新な出し物にしてくださいと言えばいいんだよ」

「私もその程度でいいと思っていましたが、岸谷さんがとにかく私のアイデアを出すようにと言われるので…」

「そうか、委員長命令なら従うしかないか…」

 小島はその要求が郁代に対する嫌がらせかも知れないと思ったが、

「分かった。それじゃ早速その案をおれにメールで送れ。送ったらさっさと帰るんだぞ。お前、最近、眠れてないだろう?」

「有難うございます。私は大丈夫です。それじゃ早速送信しますね」

 小島は郁代の明るい言葉の裏に、追い詰められた者の焦りを感じた。

「いいか?郁代。家では仕事のことは忘れるんだぞ。仕事と私生活とは切り離すんだ。それから、考えてもしょうがないことは考えないようにしろ。どんなに考えたって寺脇たちの嫌がらせは終わらない。おれはおれで、やれることはやってるからな。フェスタの案はさっそく読んで折り返し返事する」

 夜道だから、気を付けて帰れよと言う小島のやさしさが嬉しくて、よし!帰ったら激辛ラーメンを作ろうと、気を取り直して自転車に乗ろうとすると、後輪がパンクしていた。

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