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掲載日 平成21年7月15日 |
青梅駅前から北側の永山丘陵を仰ぐと、永山公園の西側に金比羅山が見えます。その頂上は金刀比羅宮の境内地で、眺望の良い所です。ここからの十二方角の名所を十二角石柱に刻んだのが十二方角碑です。錐形をした頂部には方角を示す十二支が、柱部にはその方角に位置する名所の地名と、そこまでの里程および解説が漢文で述べられ、その下に12名の人物名、最下部に石工の名が刻まれています。また、普段は観察できませんが、底部には「寛政九丁巳秋」(1797年)と造立年が刻まれています。同年に金刀比羅宮が、青梅織物の海上運搬の安全を祈って、江戸虎ノ門から勧請されているので、その際に、碑に刻まれた12名により奉納されたのでしょう。12名は青梅宿の文化人や有力者で、碑文の起草者です。碑文は、日本三古碑の一つである宮城県多賀城跡に立つ「壺の碑・多賀城の碑」を念頭においたもので、多賀城より平城京や蝦夷国等への距離が刻まれているのをふまえています。十二方角碑は、珍しい形状と、当時の青梅宿住民の高い文化度を物語る石塔として、市の有形文化財に指定されました。
金比羅山は戦後の台風により山頂の西半分が崩落し、境内にある石造物等は破損し、十二方角碑は下方が土に埋もれていました。今年4月に、神社修理と境内整備が行われ、十二方角碑も全姿が見られる状態になり、鳥居横に立てられました。建碑した先人達に想いを馳はせながら、碑文を参考に当時の景勝地をお探しください。
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市文化財保護指導員 三好 ゆき江 |
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