心理的二重構造

平成30年10月30日(火)

 振り返ると、どこよりも公正であるべき行政機関においてさえ、領収書を操作して裏金を作ることが常態化していた時代がありました。監査官は、監査の対象になった組織が建前で作成した書類を調べて事務処理のささいな間違いを指摘し、その晩の接待に使われる費用の出所には目をつぶっていました。監査の目的はあくまでも書類上の不備をチェックすることであるということは、監査する側とされる側の共通認識であったからこそ、監査というセレモニーが終了したあとは、領収書の操作で捻出した裏金によって、両者が晴れ晴れと慰労の宴を張っていたのです。

 本音と建前の二重構造から派生する監査の形骸化は、生命や人権に関わる医療や福祉の領域にも及んでいます。医療保険や介護保険が適正に実施されているか否かの確認のために、どんなに丹念に書類を審査したところで、不適切な現場の実態が分かるはずがありません。患者、利用者、あるいはその家族から、直接抜き打ちで本音の話を聞けば、現場の状況はたちどころに明らかになると思うのですが、それはしないという暗黙のルールが監査というセレモニーを支配しています。保育所も学校も、監査は書類審査の方法で実施されるために、予告された監査の期日が近づくと、保育士も教員も、幼児や児童生徒と接する時間を犠牲にして、書類整備に明け暮れるという本末転倒が横行しています。監査はここでも形骸化しているのです。洋服の量販店に目を転ずれば、二着目は千円という建前で価格設定されたスーツは、二着目の利益が一着目に加算されているという事実を消費者は知っています。売る側も買う側も、価格は必ずしも商品の価値を反映していないことを承知の上で、二着目は千円という破格の値引きを建前として機能させているのです。警察官は、全員が制限速度を厳守したら交通は滞るということを承知の上でたまたま捕まえた違反者に反則切符を切り、違反者は運の悪さを嘆きながら反則金を支払います。考えてみれば、スピードを出しても安全な道路ではスピードを取り締まる意味はないのですが、そういう場所こそネズミ捕りの行われ易いスポットであることを知っていて、ドライバーは警戒をしています。最近大きく取り上げられた出来事では、法令を順守すべき行政機関が、障害者の定義から外れる職員を大量にカウントして障害者雇用率を満たしていました。障害者雇用の必要性には反論の余地はなく、かといって、都合よく雇用の条件に合う障害者を採用するのは難しく、民間企業に範を示す行政機関としては、国も地方も、手頃な職員を書類上障害者に仕立て上げてでも、雇用率達成の体裁を整えざるを得なかったのでしょう。労働不足を補うために雇用された外国人労働者は、日本人と同じ仕事に従事しながら、あくまでも技能実習生であるとして、劣悪な労働条件で働いています。時間外手当を支払いたくないために、退勤のタイムカードを押してから残業をさせる経営者は明らかに法令を侵していますが、法令は法令、現実は現実うという二重構造の下で生きている労働者は、仲間内で不満は漏らしても、団結して抗議する気配はありません。電車の車掌は「優先席付近では携帯電話の電源をお切り下さい」というアナウンスを繰り返しながら、誰も電源を切る者はいない現実には目をつぶっています。アナウンスさえしておけば、鉄道会社としては一応の責任は果たしたことになるのでしょう。乗客はというと、駅を出発する度に流れるアナウンスにはすっかり慣れっこになってしまい、メッセージの最中も吊革につかまってスマホのゲームに打ち興じています。パチンコは民間が運営するギャンブルであることを誰もが知っていながら、「福祉事業協力会」なる隣接の窓口で景品を換金するというひと手間を加えることによって、賭博という位置づけから免れています。単なるゲームであれば、ゲームセンター同様、年齢制限は不要のはずですが、十八歳未満のパチンコは禁止されています。禁止しているくせに、店の入り口で年齢を証明する手続きはないのです。コンビニでのアルコール販売に至っては、誰が見ても高齢者であることが明らかであっても年齢認証画面にタッチさせる厳格さを持つ一方で、タッチさえすれば未成年であっても易々と購入が可能です。敗戦を終戦と言い換え、侵略を進出と表現し、被爆国としての立場で核廃絶を世界にアピールしながら、核兵器禁止条約には調印を拒み、公務員をして結果的に公文書の改ざんや破棄をさせた当事者が、ことの経緯について納得できる説明をしないまま、不適切な事務処理を糾弾する側に立って綱紀粛正を叫んでいます。

「この頃の天気予報は何だか大袈裟だと思わないか?」

「大袈裟に言っておけば、被害が発生しても予報した側に重大な責任は生じないからな」

「しかし、予報が大袈裟だと、交通機関までがすぐに運転を見合わせちまうだろ。迷惑な話だぜ」

「交通機関だって、責任をとりたくはないだろうよ」

「ま、警報が出りゃ、交通機関も会社も学校も休みになって、結果的に被害がなければラッキーというべきか」