ものまね勘九郎

作成時期不明

 初めは面白そうに笑っていたクン太も、真剣な表情で鳴き続ける勘九郎が気の毒になったのでしょう。のっそりと自分の小屋に入ってしまいました。

 ところが勘苦労は眠れません。

 こんなことってあるのでしょうか。

 どんな鳴き声だって真似することができる利口な九官鳥だというのに、肝心の自分自身の鳴き声だけが解らないのです。勘九郎は悲しくなりました。クン太のいうように、自分は一生ものまねをし続けて生きていくより仕方がないのだとしたら、それはつらいことです。

(何とかして自分の声を思い出さなきゃ…)

 勘九郎はあせっていました。けれど、あせればあせるほど浮かんでくるのは他の動物たちの鳴き声と人間の言葉ばかりでした。

「どうしたんだ、今夜の勘九郎は。いやに張り切ってものまねしてるじゃないか?」

 その晩は一晩中鳴き続けて夜が明けました。

「どうしたんだ?勘九郎は。今日は一言も話さないじゃないか」

 次の日は、朝からふさぎ込んで日が暮れました。

「おい、勘九郎。そんなに思いつめるなよ。変なこと聞いて悪かったよ」

 クン太が慰めても無駄でした。

「ボクは自分の声も解らないダメな鳥だ…」

 すっかり自信をなくしてしまった勘九郎は、ろくにエサを食べようともしないのです。そして、

「どこか悪いんじゃないか?」

「病気してるんじゃない?」

 というみんなの心配をよそに、その番遅く、重大な決心をしたのです。


「え?何だって?」

 勘九郎の決心を聞いたクン太は驚きました。だって勘九郎は、クン太にカゴから抜け出す手助けをして欲しいというのです。

「カゴから抜け出せば、自分で食べ物を探さなくてはならないんだぞ。外には恐ろしいトビやタカもいる。第一きみは長い間カゴの中にいたんだ。うまく飛べるかどうか解ったもんじゃない」

 でも勘九郎の決心は変わりませんでした。勘九郎はどうしても自分の鳴き声を取り戻したかったのです。

 森へ行くつもりでした。森へ行って仲間に会えば、自分の本当の声が解るのではないかと思っていました。

「負けたよ」

 クン太が言いました。

 大切な勘九郎を逃がせば、クン太はひどく叱られるに決まっていますが、叱られても仕方がないと思いました。勘九郎をこんなにも苦しい気持ちにさせたのは、クン太なのです。勘九郎の気の済むようにさせてやる責任があるでしょう。

「それじゃ、うまく飛ぶんだぞ、勘九郎!」

 クン太がカゴを倒しました。

 窓が開きました。

 外は夜明けです。

「気をつけてなあ!」

 クン太の声をあとに、勘九郎はまだ薄暗い夜明けの空に飛び立って行きました。


 森にはたくさんの鳥たちが住んでいました。

 スズメもいました。フクロウも、メジロも、ホオジロも、みんな楽しそうに遊んでいました。けれど、九官鳥の仲間にだけは会うことができませんでした。

「ねえ、ボクの声を知らないかい?」

「ボクの声を教えてよ」

 勘九郎は、出会う鳥ごとに聞いてまわりましたが、最初に出会ったスズメは、勘九郎の声を聞くが早いか、こう叫びながら逃げて行きました。

「みんな、気味の悪いつだよ。ニワトリでもないのにコケコッコーだってさあ」

 次に出会ったセキレイはこう言いました。

「あれ?それはボクの声だ、怪しいやつめ!」

 誰に聞いても同じことでした。みんな見たこともない勘九郎が色々な声で鳴くのを聞くと、気味悪がって近寄ろうとはしませんでした。