聴海の運命

作成時期不明

 聴海は三十六枚の貝殻を取り出しました。

 今占えば、聴海自身の輝かしい未来がそこに表れていることでしょう。大きな数珠をこすり合わせながら呪文を唱える聴海の顔は、次第に真剣さを増して行きました。

「えい!」

「えい!」

 勢いよく貝をめくる聴海の瞳は、期待で今にも燃え上がりそうです…が、占いを終えた聴海はいったいどうしたというのでしょう。両手をばったりと前につき、乱れた髪を直そうともせず、両肩をわなわなと震わせています。

「そんな馬鹿な!」

「そんな馬鹿な!」

 聴海は狂ったように貝殻を寄せ集め、もう一度初めから占いをやり直してみましたが、何度繰り返しても結果は同じことでした。

 ムシロの上に並んだ三十六枚の文字や模様は、はっきりと、そして冷ややかに、やがてやって来る聴海の死を宣告していたのです。

 聴海は突然谷底に突き落とされたように目の前が真っ暗になりました。体中の毛穴が一斉に開いて、ねっとりとした汗が噴き出すのが判ります。まるで氷でも詰め込まれたように寒々と冴えわたった頭の中で、聴海は迫り来る死から逃れる方法を躍起になって考えていました。

 運命は不変です。人は自分の運命に忠実に生きてこそ幸せになれるというのが聴海の信念のはずでした。その聴海が自分の人生の終焉を知った今、変わるはずのない運命から必死で逃れようとしていることの矛盾に聴海自身気がついてはいませんでした。

 しばらく考え込んでいた聴海は、やおら数珠を握って座り直すと、今度は懸命に殿さまの運命を占い始めました。そして、殿さまも自分と同じようにやがて死ぬ運命であることを知った時、

「そうか!そうだったのか!」

 聴海には全ての謎が解けました。

 三日後には城に呼び出され、殿様の運命を占います。もちろん貝殻は正確に殿様の死を指し示すことでしょう。それを聴海が正直に告げれば、不吉なことを言うやつめ!とばかり、その場で首が飛ぶのは必定でしょう。しかし、さも晴れ晴れとした顔で殿様の運の良さをほめちぎったとしたらどうでしょう。

「助かるぞ!これでわしは自分の運を変えることができるのだ!」

 聴海は大声で叫んで立ち上がりました。するとその勢いで、巨大な四本の蝋燭のうちの一本の炎が激しく揺れて消えました。

 * * * * *

 抜けるような青空の下、ふりしきる蝉しぐれの中を、山伏姿の聴海がゆっくりと歩いて行きます。天守に続く石段を上るたびに、背中の箱の中でカラカラと音を立てるものは、もはや占いのための道具ではなくて、これから聴海が行おうとしている芝居の小道具に過ぎませんでした。やがて通された中庭で平伏して待つ長海の頭上に、かん高い殿さまの声が降ってきました。

「占い師聴海とはそのほうか!」

「ははっ」

 聴海の背中を緊張が走り抜けます。

「そのほう、人の運命を正しく言い当てる術を心得ておるそうであるが、まことであるか!」

「まことでございます」

「おろかなことを申すな!人はそれぞれその才覚で己の運を切り開いて行くものだ。それともそのほうはわれらが天下平定のために智力を傾けて戦乱に明け暮れているその行く末が、運命とやらで既に決まっていると申すのか!」

「おそれながら…」

 聴海はいよいよ身を低くして言いました。

「天は運を造り、地は運を運び、海は運を告げまする。独り山にこもること十五年。私は三十六枚の貝を使って海の声を聴く術を発見致しました。たとえどなたであろうとも、天に運がある以上、私の占いに現れないものはござりません」

「ほざくな聴海!ではすぐさま予の運を占うてみよ!」