ハナモゲ族の滅亡

作成時期不明

「ニコチンはどうした?」

 闇にまぎれて酋長の小屋に急ぐポコペンが誰にともなく尋ねると、

「はい、敵の様子を探ってくると言い残して先に行かれましたが、やがて戻っておみえでしょう」

 ヤリをかついだ若者のひとりが緊張した表情で答えました。ポコペンの後ろには、同じように武器を手にした若者が七、八十人従っています。

「ニコチンのすることにはいつも無駄がない。それ!目指す酋長の小屋まではあと一息だ!身体を低くせよ!音をたてるな!」

 見え隠れする月明かりの下で、ポコペンの命令は小声です。

 一方酋長は、広場を見下ろす丘の上に大勢の兵士たちとともに潜んで、ギロチンの帰りを待っていました。

「ええい、ギロチンはまだか!敵の様子を見てくると言って出かけたきりだか、まさか捕らえられたのではあるまいな!

 …と、その時です。

「酋長!来ました。やはりギロチン様のおっしゃるとおり、手に手にヤリを持って、まぎれもなく弟ぎみの反乱です!」

 例のオオカミの牙の首飾りをつけた隊長が駆け寄って、早口で報告しました。酋長は一瞬顔をくもらせましたが、すぐに気を取り直すと、決心したようにタカの羽根のカンムリをしっかり被り直して言いました。

「まさかと思ったが本当であったか…。しかし、こうなれば弟だとて容赦はせぬ。それ!日ごろの訓練の見せ所ぞ!一人残らず生かして帰すな!」

 酋長の命令を受けた隊長の働きは目覚ましいものでした。次々に指示を出して兵を広場に繰り出すたびに、ハオー!ハオー!というすさまじい叫び声と共にポコペンの仲間たちが倒れてゆきます。残るはわずか二、三十人という頃になって、今度は酋長自らが隊長以下全ての兵士の先頭に立って一気に丘を駆け下りました。

「よいかポコペン!武力に反対するお前が武力に頼った時、お前は既に自分自身に敗れたのだ!」

「兄上こそ武力で守る平和のもろさをとくと思い知るがいい!」

 今にも兄弟の一騎打ちが始まろうとした時です。

 周囲の丘にむくむくと、まるで地面から湧き上がったかのようにおびただしい人影が立ち上がったかと思うと、キェーッという首狩族だけの発する気味の悪い叫び声がこだまして、ハナモゲ族の突然の最後が訪れました。雨の様に降り注ぐ毒矢に身体を貫かれ、酋長もポコペンも急速に視力が失われてゆきます。そして、その様子を見下ろしながら、

「部族の平和を滅ぼすものは何より部族の中の乱れであったのう…」

「酋長もポコペンも結局そのことを忘れていたようだ」

 すっかり雲が晴れて明々と照らし出された丘の上で、首狩族のしるしである真っ赤な腰飾りをつけたギロチンとニコチンがそうささやき合っていたのですが、残念ながらその姿を見る能力は酋長にもポコペンにも既に残されてはいなかったのです。