隣りの騒音

作成時期不明

 昼間どんなに単調な仕事を繰り返して来ても、クラッシックの世界が心の疲れを癒してくれました。心に余裕ができると、男はあのうるさかった学生たちを許してもいいと思うようになり、今では隣りの騒音に悩まされた日々を思い出すことさえなくなりました。

 あれからいったい何ヶ月が過ぎたのでしょう。今夜も男はゆったりと椅子にもたれてモーツァルトとアルコールに酔っていました。音楽が最高潮に達した時、ドアが荒々しくノックされました。

「はい、どちら様ですか?」

 男がドアを開けると、見知らぬ男が包丁を持って立っています。

「どうしたんですか?こんな時間に包丁なんか持って」

 男が不思議そうに尋ねました。

 すると、見知らぬ男はしばらく困ったような顔をしていましたが、

「い、いや別に…。醤油が切れたものですから、お借りしようと思って…。でも、もういいんです、済みません」

 と言い残して逃げるように走って行きました。

「こんな夜更けに醤油だなんて、変なやつだぜ、まったく…」

 男はそうつぶやくと、ボリュームを上げました。そして次の日、隣りの部屋の住人がひっそりと引っ越して行ったことに、男は今でも気が付いてはいないのです。