しあわせの汽車ポッポ

作成時期不明

「乗せてやりたかこつはおっかしゃんもおんなじたい。そいばってん、銭のなかことはどがんもしょんのなかたい。おとうの怪我も相変わらずやけん、ほんなごて、借金せんでどうにかやって行かるっとが不思議なくらいたい。貧乏耐えるには、なんも欲しがらんこったい、お美代」

「うちは…うちは貧乏が好かんたい!」

 お美代は叫びました。けれど、叫んだとたんにお美代は左ほほを押さえてその場にわっと泣き伏さなくてはなりませんでした。おっかしゃんの平手がお美代の頬で嫌というほど大きな音を立てたのです。

「だいでん、好きで貧乏しとるもんはおらん!」

 おっかしゃんは言いました。

「うちは、おとうの生きとるだけまだしあわせたい!あん時の炭坑の事故では、生き埋めんなって死んだもんの方が多かったとよ。学校へ行かれんとがなんね、着物ば着られんとがどがんしたというとね。家族そろってこの世に生きとるしあわせに比ぶれば、汽車に乗られんぐらい何でんなか。自分のしあわせに気のつかんもんは馬鹿たい!」

 おっかしゃんは珍しく本気で怒っていました。そのくせ、お美代に負けないくらいボロボロと涙をこぼしているおっかしゃんが、お美代にはどうしてもわかりませんでした。


 その晩お美代は、なかなか眠ることができませんでした。目を閉じると涙を流しながら怒っているおっかしゃんの顔が浮かんで来ます。悪いことを言ったつもりはありませんでしたが、おっかしゃんをひどく悲しませたことだけはよくわかりました。

 ふすまの隙間から灯りがもれています。

「おっかしゃん?」

 お美代が声をかけました。

 良太と赤ん坊の寝息が聞こえています。

「まだ、怒っとるとね」

「いや、もう怒っとらん。叩いたりして悪かったと思うとる」

 おっかしゃんが答えました。

「ほんとはね…お美代」

「ん?」

「ほんとは…おっかしゃんも貧乏は好かんたい」

 おっかしゃんはそう言うと、ふすまの向こうでクスクスと笑いました。

 それを聞くとお美代は何だかとても安心して、一緒にクスクスと笑ったあとで、ほっとため息をつきました。

(貧乏でん仕方んなか。うちはおっかしゃんの子でよかったったい)

 その時お美代は心の底からそう思っていたのです。


 次の朝目が覚めると、いつものようにもうおっかしゃんの姿はありませんでした。男の人と同じように、朝早くから炭坑へ働きに行ったのです。テーブルの上の白い布巾を取ると、朝ご飯と一緒に小さな紙包みが置いてありました。

『良太、誕生日おめでとう。汽車に乗せてもらいなさい』

 そう書かれた紙包みからは小銭がバラバラッとこぼれ落ちて、お美代はびっくりしました。

「良太、起きらんね!汽車よ、汽車に乗らるっとよ!」

 その日はもう、朝ご飯どころではありませんでした。赤ん坊を背中にくくりつけ、良太の手を引くと、お美代は駅に向かって一目散に駆け出しました。

「汽車よ、汽車に乗らるっとよ!」

 良太よりもお美代の方がはしゃいでいました。

 汽車は、お美代たちを待っていたかのように駅に停まっていました。

「良太、汽車よ!とうとう汽車に乗ったとよ!」

 良太を窓側に座らせて、お美代は言いました。

「こいが良太の大好きな汽車ばい。よう覚えとかんね。おっかしゃんのおかげで、お前は汽車に乗ったとよ!」

 ボーッ!

 汽笛が鳴り響きます。

 シュッシュッポッポッ、シュッシュッポッポ!

 ゴトリ…ゴトリ…と車輪が回り、ゆっくりと汽車が動き始めました。

 お美代も良太も窓から体を乗り出すようにして外の景色を見つめています。