八兵衛の犬と六助の犬

平成29年10月19日(木)掲載

 八兵衛の家と六助の家は、隣り合っているくせに、ひどくいがみ合っていました。なんでも、じいさまの時代に、村の寄合の席で、酒に酔った八兵衛のじいさまが、六助のじいさまの頭を叩いたとか、その反対だとかいうくだらないことが原因で、それ以来、親子三代にわたって、ずっと仲が悪いのです。

 八兵衛が植えて楽しみにしていた柿の木が、ようやく大きくなって実を結ぶ頃、

「おらの家が日陰になるだ」

 六助は、八兵衛の留守に、その柿の木を切ってしまいました。

 怒った八兵衛は、

「したら根っこも邪魔だべが」

 六助の留守に垣根の下をくぐって伸びている柿の根を全部掘り返したために、六助の家の庭は穴ぼこだらけになりました。

 八兵衛の女房も六助の女房も、自分の庭の雑草を抜いては、隣の庭に投げ込んで言いました。

「おめん家の草の種で、おらん家まで草だらけだに」

 八兵衛のじい様の命日には、六助の家では決まってドンチャン騒ぎの宴会が始まりましたが、六助の一人息子の誕生日には、八兵衛が町中に聞こえるような大声で葬式用のお経を読みま上げました。六助の女房が洗濯物を干すと八兵衛の女房はきまってたき火を始めるので、洗濯物はすすだらけになりました。八兵衛の女房が子守唄を歌って、ようやく子どもを寝かせつけた頃、六助の女房は、

「しっ!しっ!あっちへ行け、この野良ネコめが!」

 と鍋釜を叩いて回るので、せっかく寝付いた八兵衛の子どもは火がついたように泣きだしました。

 ことほどさように、八兵衛と六助は、家族ぐるみでいがみ合っていたのです。


「これ、六助!おめえは本当にまぬけだなや。おら、おめえのそのまぬけ面が我慢なんねえだぞ」

 ある日、垣根越しに聞こえて来る八兵衛の女房の大声を聞いて、六助の女房は耳を疑いました。たいていの嫌がらせには慣れっこになっていましたが、こんなふうに亭主のことをあからさまに侮辱されたのは初めてです。

「何こくだぁ!」

 掃き掃除の手を止めて、六助の女房は、負けないくらいの大声で怒鳴り返しました。すると、

「まぬけ、まぬけ、六助のまぬけ面!」

 という声に続いて、八兵衛の女房の得意そうな笑い声が聞こえて来ました。

 もう我慢できません。

 確かに六助の顔は、決して利口そうな顔ではありませんが、八兵衛だって、まぬけ面か利口面かと言えば、まぬけ面に違いないのです。

「こん畜生め!」

 六助の女房は、悔しまぎれに、ちりとりの中の山の様な落ち葉を八兵衛の家の庭に放り込むと、一目散に田んぼに向かって駆け出しました。

「おとう!これ、おとうってば!」

 あぜ道を駆けて来る女房を見つけると、何も知らない六助は嬉しそうに手を振りました。

「何だ、おっかあ、弁当ならちゃんと持って来ただぞ」

「なにのんきなことしゃべってるだ」

 六助の女房は、肩で息をしながらことの次第を話しました。すっかり血相が変わり、両方の目がキツネのように吊り上っています。しかし話を聞いた六助は、もっと凄まじい顔になりました。

「八兵衛のカカめ!そんなこと言っただか!」

 きりきりと歯ぎしりの音を立てて、六助はもう野良仕事どころではありません。

「どうするか見てろ!」

 頭に血が上った六助は、猛烈な勢いで家に向かって走り出しました。その後ろを六助の女房が懸命に追いかけて、二人の姿はみるみる小さくなりました。