雨の日のテルテル坊主

平成29年10月27日(金)掲載

 軒下に小さなテルテル坊主がひとつ、吊りさげられています。

 ときおり吹きつける強い風に揺れながら、どんよりとした灰色の雲が垂れ下がる夕暮れの空をにらみつけています。

 テルテル坊主には、かおりちゃんの一生に一度のお願いが込められていました。明日は待ちに待った幼稚園の遠足です。天気になってくれないと困ります。なのに、この空模様はどうでしょう。ラジオもテレビも、意地悪でもしているかのように、明日は雨が降ると言っています。お菓子の一杯詰まったリュックを前に、かおりちゃんは泣きだしそうな顔で、テルテル坊主をこしらえました。そして、一生に一度のお願いをしたのです。

「神様…」

 かおりちゃんは真剣な顔をしています。

「テルテル坊主を作りました。明日は日本晴れにして下さい。明日の天気さえ良ければ、次の日からは毎日雨が降っても構いません。一生に一度のお願いです」

 本当に神さまがいて、かおりちゃんの願いを聞いていらしたとしたら、きっと吹き出してしまわれたに違いありません。だって、背の低いかおりちゃんは、つい何日か前も、仲良しのよし子ちゃんより、ほんの少しだけ背を高くして下さい…と、一生に一度のお願いをしたばかりです。自分より大きなクマのぬいぐるみが欲しいというクリスマスイブのお願いも、確か一生に一度のお願いでした。かおりちゃんは、一生に一度のお願いを平気で何度でもするのです。

「お天気が良くなりますように…」

 そんな願いが込められているなどとは夢にも知らぬテルテル坊主は、軒下にぶら下がってふわふわと揺れています。

 いやな天気だな…と思ったときです。

 冷たい!

 テルテル坊主は思わず首をすぼめました。

 ポツリ、ポツリ…。

 静かに、やがて激しく、まるでかおりちゃんの願いを洗い流してしまうかのように、とうとう冷たい雨が降り出したのです。


 雨が降り続きます。

 屋根も道もびしょ濡れにして、雨は止む気配がありません。

「冷たいなあ…」

 テルテル坊主はずぶ濡れです。軒下といっても、横なぐりの雨は防ぎようがないのです。

「ハックション!」

 ひとつ大きなくしゃみをして、テルテル坊主は寒さに震えていました。体が氷の様に冷たくなって、部屋に入れてもらわないと凍え死にそうです。

「かおりちゃん、かおりちゃん」

 テルテル坊主が声をかけますが、返事がありません。

「もう寝ちゃったの?ねえ、返事をしてよ、かおりちゃん」

 いくら呼んでも部屋の中は静まり返り、滝のような雨音だけが響き渡ります。

「冷たいよう!寒いよう!中へ入れてよう!」

 心細くて淋しくて、とうとう泣きだしてしまったテルテル坊主を軒下に置き去りにして、夜は雨音と共に更けてゆきました。


 朝になっても雨は止む気配がありませんでした。

 泣き濡れたテルテル坊主は、軒下にしょんぼりとぶら下がっています。もう誰も助けてはくれないと諦めていただけに、ガラガラっと勢いよく窓が開いたときの嬉しさといったらありませんでした。

「待ってたんだ!かおりちゃん、ずぶ濡れなんだよ、中に入れてくれるんだね?」

 でも、かおりちゃんの顔を見たテルテル坊主は、すぐにそれが期待外れであることに気が付きました。かおりちゃんは怒っています。怖い顔でテルテル坊主を睨みつけています。

「どうしたの?どうしてそんな怖い顔でぼくのこと睨むの?」

 かおりちゃんは答えません。それどころか、窓辺に頬杖をついて、しばらくテルテル坊主を睨み付けていたかおりちゃんは、

「嘘つき!」

 小さくつぶやくと、ずぶ濡れのテルテル坊主を軒下から引きちぎり、えい!と道端に投げ捨ててしまったのです。