雨の日のテルテル坊主

平成29年10月27日(金)掲載

「どうして?どうしてぼくは、こんなひどい目にあうの?」

 テルテル坊主は雨の道端に転がっています。

 もとはといえば真っ白なハンカチだったテルテル坊主の体は、泥だらけになっていました。

 傘を差した人が通ります。

 きちんと並んだ小学生たちが通ります。

「ねえ、寒いよ、助けてよ」

 一人一人に声をかけるのですが、誰一人として泥だらけのテルテル坊主の姿に目を止める者はありません。今度こそ…と、声をかけた優しそうな背広の人に泥靴で踏んづけられたとき、テルテル坊主は目の前が真っ暗になりました。

 雨が降り続きます。

 もう冷たさも痛さも感じません。

 どうして?という疑問だけが残っていました。

 この世に生まれてテルテル坊主が経験したことといえば、一晩中雨の軒下につりさげられたあと、道端に捨てられて、泥靴で踏んづけられただけではありませんか。こんなひどい目にあわなければならない理由が、テルテル坊主のどこにあるのでしょう。このまま死んでしまうのだとしたら、テルテル坊主はいったい何のために生まれて来たというのでしょうか。

 まぶたを閉じました。

 一度でいいから真っ青な空を見たかったと思いました。

 どれくらい経ったのでしょう。

「おい君、だいじょうぶかい?」

 という声に目を開けると、辺りは二日目の夕闇に包まれていたのです。


 声をかけたのはアマガエルでした。

「どうしたの?」

 キョロキョロとよく動く目玉でアマガエルが見下ろしています。

「聞いてくれる?」

 ようやく話し相手ができたテルテル坊主は、嬉しくてなりません。部屋に入れてもらうのは無理でも、辛い気持ちだけは、どうしても誰かに聞いてもらいたかったのです。テルテル坊主は悲しみに声を詰まらせながら、これまでのことを全部アマガエルに話しましたが、何ということでしょう。同情してくれるはずのアマガエルは、話を聞き終わるや否や、白いお腹をかかえて笑い出したではありませんか。

「何がおかしいんだい!」

 むっとするテルテル坊主の様子に、悪いことをしたと思ったのか、アマガエルは笑いを押さえて言いました。

「ごめん、ごめん、君の気持ちはよく分かるけど、笑わずにはいられなかったんだよ。だって君はテルテル坊主なんだろ?」

「テルテル坊主だよ」

「だったら雨が降れば捨てられるのは当たり前じゃないか」

「当たり前?」

「そう。首をちょんぎられなかっただけましさ。いいかい?君は天気を良くするためにだけこの世に生まれて来たんだよ。雨が降ればたちまち君は能無しの役立たずになって、この世いる意味はなくなってしまうんだ。もっとも君が能無しで、雨が降った方が、ぼくたちアマガエルにとっては好都合なんだけどね」

 アマガエルは久しぶりの雨が嬉しくてならないように、テルテル坊主の周りをピョンピョンと跳び跳ねています。

「そんな、勝手なこと…」

 テルテル坊主は思いました。

 もともとテルテル坊主には天気を良くする力なんてありません。どんなに期待されても、それは初めから無理なことなのです。なのに、雨が降ったからって能無しの役立たずではひどすぎます。この世にいる理由がないなんてあんまりです。確かに雨の日のテルテル坊主には、この世にいる理由なんてないのかも知れませんが、それではアマガエルにはこの世にいなければならない理由があるのでしょうか?いえ、テルテル坊主をこしらえた人間たちにだって、この世に生きていなければならないどんな理由があるというのでしょう。

「ね、そうだろう?君はいったい何のために生きてるの?どうしてぼくだけ理由がなきゃこの世にいてはいけないの?」

 聴かれたアマガエルは困ってしまいました。今まで考えたこともありませんでしたが、言われてみれば、どうしてもこの世にいなくてはならない理由なんて見つからないのです。ひょっとすると理由がないから生きていられるのかも知れません。