二作の影法師
平成30年04月24日(金)掲載
山の与作と吾作の兄弟仲の悪さといったら、村中で知らぬ者はありませんでした。だから村のお母さんたちは兄弟喧嘩をする子供たちを𠮟るときは、
「山の二作のようになってはなんねえだぞ!」
と言うことに決まっていました。名前に「作」の字の付く兄弟が二人なので、いつの間にか村では、二人のことを一緒にして、二作と呼ぶようになっていました。とにかく二作はことごとく意見が合わないのです。
「今日は何か甘いものが食いてえ」
と与作が言うと、
「おら辛いものが食いてえ」
吾作が言いました。
「今日は北の山で木を切ろう」
と吾作が言うと、
「おらは西の山で切るだ」
与作が言いました。
ひどいときには、
「少し寒いなあ」
と与作が戸を閉めると、
「それほどでもねえ」
吾作が開け広げて、つかみ合いの喧嘩になるほどです。
ある朝のことです。
村人たちは珍しく二人が一緒に歩いているのを見かけました。けれども決して仲良く歩いていたのではありませんでした。何やら激しく言い争いをしながら歩いているのです。
「オノは絶対長い柄のものがええだよ」
与作が言います。
「いやいや、長すぎるのは考えもんだ。長い柄のオノ使うやつの気が知れねえだよ、おら」
吾作が答えます。二人はどうやら新しいオノを買いに山を下りて来たようです。
「二作が相変わらず言い争ってるだ」
「与作も馬鹿だが、五作も馬鹿だぞ」
すれ違う村人たちは二人が行き過ぎるが早いか、そう噂し合いました。けれど、もちろんひそひそ話なので、それは二人には聞こえませんでした。
村の一本杉を通りかかったときです。
二人はひとりの腰の曲がったお婆さんとすれ違いました。お婆さんは腰が曲がっているので、いつも杖をついて地面ばかりを見て歩きます。そのときも何やら言い争いをしながらやって来る二人の木こりの顔は見ようともせず、黙ってうつむいたまま通り過ぎようとしましたが、突然びっくりしたように立ち止まると、曲がった腰を伸ばしてこう言いました。
「あんれまあ、不思議なこつのあるもんだべ。お前さんたちにゃ影がねえだか?」
「影?」
二人は思わず喧嘩を途中でやめて自分たちの足元を見ました。変です…。あんなに太陽が照っているというのに、二人には影がありません。そして腰の曲がったお婆さんにはちゃんと小さな影が一つ付いているのです。二人は経ったり座ったり、飛んだり跳ねたり、色々な格好をして見るのですが、やっぱり影らしいものは見つかりませんでした。二人は薄気味が悪くなりました。
「これはきっと悪いことが起こるしるしだぞ。おら昔、どこかで聞いたことがあるだ。影の薄い者は早く死ぬんだと。おめえたちは薄いどころではねえ。まるっきり影がねえんだから、すぐにでもおっ死んじまうかも知んねえだ。おお、くわばらくわばら。長者さまに相談ぶつがええだ。悪いことは言わね。そうするがええだ」
お婆さんは、くわばらくわばらとつぶやきながら、逃げるように去って行きました。
「二作には影がねえだぞお!」
と村中の者に報せに行ったのでしょう。
二人は顔を見合わせました。
すぐにでもおっ死んじまうかも知れねえというお婆さんの言葉が気になって、もうオノを買うどころではありませんでした。
「おら長者さまに相談ぶつだ」
与作が言いました。
「おらが先に相談ぶつだ」
吾作が駆け出しました。
おらが先だ、おらが先だと、影のない木こりが二人、言い争いながら一目散に長者さまの屋敷に向かって走って行きました。