二作の影法師

平成30年04月24日(金)掲載

 あまり玄関が騒々しいので、植木の手入れを途中でやめて出て来た長者さまはびっくりしました。入口で見知らぬ木こりが二人、言い争いをしています。

「おらが先に着いたんだから、おらから先に話を聞いてもらうだ」

 与作が言うと、

「うそこくでねえ、おらの方が一足先に着いたでねか」

 吾作も負けません。

 長者さまが見かねて止めに入りました。

 喧嘩にならぬよう、二人から代わる代わる話を聞いた長者さまは、二人を日の当たる庭に立たせて言いました。

「ふむ…なるほどお前たちの言う通り、確かに影がないのう。珍しいことじゃ。きっとお前たちは陰に愛想をつかされたんじゃな」

 二人の木こりは顔を見合わせました。影が愛想をつかすなどという不思議なことがこの世にあるのでしょうか。

 長者さまは白くて長い髭を撫でながら話を続けます。

「昔、わしは何かの本で読んだことがある。いいか、これは命にかかわる大変なことかも知れぬぞ」

 二人の木こりは、ごくりと唾を飲み込みました。

 長者さまも命にかかわるとおっしゃいました。

「すぐにでもおっ死んじまうかも知んねえだぞ」

 と言った、あのお婆さんの言葉が思い出されます。

「いや、死ぬと決まった訳でもない。まあ、聞きなさい」

 長者さまは二人を縁側に座らせて言いました。

「見ると、お前さんたちは兄弟だろうに、えらく仲が悪いようじゃの?」

 吾作がうなずきました。そして与作を指差して、

「いつもこの馬鹿が分からねえことを言うもんだから」

 と言いました。

「馬鹿と言ったな、この間抜け!」

 与作がつかみかかります。

「やめなさい!」

 長者さまが大声で𠮟りました。

「だから影に愛想をつかされるんじゃ。きっとお前たちの影は、お互いに仲良くしたかったに違いない。影同志はとても仲が良いのに、あるじであるお前たちがそういがみ合ってばかりいたんじゃ、影もさぞつらかったんじゃろう。お前たちの今の様子を見ていると、わしは逃げ出した影の気持ちが分かるような気がするよ。ともかく七日間じゃ。人は影が亡くなってからは七日間しか生きられないと、その本には書いてあった。二人協力して自分たちの影を探し出し、もとに戻ってもらうことじゃ。そうすれば助かるかも知れぬ」

 さあ大変です。わずか七日間で自分たちの影を探し出さないと、二人とも死んでしまうのです。こうして二人の必死の影探しが始まったのでした。


「おおい、影やあい!」

「おおい、影やあい!」

 山中くまなく探しましたが、どうしても影は見つかりません。二人はくたくたになって家に帰って一日目は暮れました。

「お前が一生懸命探さねから見つかんねえ」

 吾作が言いました。

「お前こそ、すぐくたびれたと言って腰を下ろしてしまう。仕様のねえ愚図だ」

 与作が言いました。

「何を?」

「やるか!」

 影のない木こりたちは、どんなに疲れていても喧嘩することだけは忘れませんでした。

 二日目は雨が降りました。

 雨の日は影が見えないから探しても無駄だとは思いましたが、二人ともとても家でしっとしてはいられません。濡れねずみになって方々探し歩きました。

 三日目になると心細くなって来ました。あと四日しかありません。しかも一緒に探してくれる者は誰一人いないのです。

 四日目になると二人はあまり言い争いをしなくなりました。言い争いどころか、お互いを頼りにしなくては仕様がないと思うようになりました。

 五日目の晩、二人は相談しました。そして今日からは松明(たいまつ)を持って探しに行くことに決めました。そうすれば夜中でも探すことができます。昼も夜も休まずに影探しは続けられました。二人ともすっかりくたびれていました。けれど探すのを諦める訳には行きません。あと二日探して見つからなければ、二人とも死んでしまうのです。与作がつまずくと、五作が助け起こしました。吾作が歩けなくなると、与作がおぶってやりました。