二作の影法師

平成30年04月24日(金)掲載

「影やあい!」

「影やあい!」

 もう半ばかすれてしまった二人の木こりのしわがれ声が夜遅くまで山々をこだましました。

 いよいよ五日目の朝がやって来ました。

 二人はもう歩けませんでした。

 手も足も色々なところでつまづいたり、ひっかけたりして、血が滲んでいました。

 でも少しも痛いとは思いませんでした。

「兄さ、だいじょうぶか?」

 吾作が手拭いで与作の手の傷をぬぐってやりました。

「お前こそ痛かろう」

 与作は吾作の足に包帯を巻いてやりました。

 二人はもう仲の悪い二作ではありませんでした。

 恐らくこの世で最も信頼し合い、いたわり合っている兄弟になっていました。

「おら、もう諦めただ。兄さと喧嘩し続けて来た罰が当たったと思えば諦めもつくだよ。だどもおら、兄さと仲良くなれて本当によかっただ。今までのことはどうか許してくれろ」

 吾作が言うと、与作は、何言うだと吾作の肩を抱いて言いました。

「諦めてはなんねえだ。やっと仲良く助け合える兄弟になれたんでねか。諦めてはなんねえぞ」

 もうすぐ六日目の陽が落ちます。

 影のない木こりたちは松明をともす元気もなく、お互いに肩を寄せ合ってとぼとぼと歩きました。

 すっかり日が暮れて、山は静まり返っています。

 ときどき聞こえるフクロウの声が二人にはとても淋しく聞こえました。

「兄さ、あの御堂で休もう」

 吾作が言いました。

「ああ、あの御堂で死ぬのを待とう。なあに、二人一緒なら何も恐ろしいことはねえ」

 与作が言いました。

 小さなお堂でした。二人はその階段に腰を下ろしました。

「おら火をともすだ」

 与作が中へ入り、ろうそくに火をつけて戻って来ました。薄暗いけれど、とても暖かくろうそくは燃えました。

 二人は思わず仏様に手を合わせました。

 何を祈っているのでしょう。

 二人とも何もしゃべりません。

 静かな時間が流れました。

 祈り終えてそっと目を開いた吾作が大声を上げました。

「兄さ、影だ!影があるだ!」

 寄り添った二人の姿を、あわいあわいろうそくの光が照らしだして影を作り、炎が揺れるたびに影もゆらゆら揺れているのです。

「吾作!」

「兄さ!」

 二人は泣きました。しっかり抱き合っていつまでも泣きました。


 今では山の木こりの兄弟を悪く言う者はありません。

 それどころか、村のお母さんたちは兄弟喧嘩をする子供たちを𠮟るときは、

「二作さんたちのように仲良くならねばなんねえだぞ」

 というのが決まり文句になりました。