スマホ
「あれ?それはそうと、何の話をしてましたっけ?」
「忘れますねえ、あなた、直近のこと。アルツハイマーじゃないですか?」
「よして下さいよ、気にしてるんですから」
「娘さんのスマホに腹が立つという話でしたよ」
「そうそう、娘は中学二年生なんですけどね、スマホを持ったとたんに何だか秘密めいちゃって、メールだかラインだか、しょっちゅうこそこそやってるんですよ。食事のときぐらいスマホをやめろ、相手は誰なんだと聞くと、個人に関することだから教えられないなんて、国会答弁みたいなこと言うんです。国会のニュースは教育に悪いですよ。しかしスマホなんか持つと、メールで呼び出されて殺されちゃうでしょ?女の子は」
「そうですよ。ダメですよ、中学生の女の子にスマホなんか持たせちゃ。出会い系サイトとか、自殺サイトとか、見せたくない情報に自由にアクセスできますからね。親に内緒で」
「持たせたくないですよ、私だって、費用もばかにならないし…。でも、スマホ持ってないと仲間外れになると言われると、親としては持たせない訳には行きません」
「仲間はずれになるだけでも死んじゃいますからね、今の子は。とにかく、すぐ死んじゃう」
「大将、ビールもう一本」
「ここにも」
「それにスマホぐらい操作できないと困るでしょ、今の世の中」
「悩ましいですねえ、子育ては…。親の時代と違い過ぎて、どう育てたらいいか方向が分からない。五教科全部できる子が優秀だと思っていたら、これからは何か突出した能力を持ってた方がいいんですってね」
「そりゃあそうですよ。野球でもゴルフでもスケートでもピアノでも、一流になればギャラは億ですからね」
「その一流ってのが難しいんですよ、ギターに夢中になって、親と喧嘩して、大学にも行かずにフォーク歌手を目指したけど、一流になれなかったなれの果てがおれだから」
「いいじゃないですか、人生に夢を追いかけた時代がくっきりとあって。私なんか夢も持たないで大学出て、就職した会社でようやく課長になったと思ったら、リストラされて、こんなところで飲んでるんですからね」
「そんなこと言い始めたら、みんな色々ありますよ。ま、人間一匹、世の中を渡って行くってのは、並大抵のことじゃありません」
「とにかく、これからの時代は変わりますよ。何しろ手のひらのスマホに膨大な量の知識があるのですからね。教科書を丸暗記する記憶力より、必要な知識や情報をタイムリーに引き出す能力の方が大切かも知れません」
「だったら、やっぱり小さい頃からスマホ持たせた方がいい」
「しかし、持てば副作用のように不都合なことがある」
「また振り出しですね」
「いずれにしても、子どもなんてさ、いじめる、いじめられる、ぐれる、引きこもる、変質者に狙われる、自殺する。カネかけて何とか大学を出しても不安定就労で、いつまでも自立しない。ひょっとすると八〇五〇とか言って、親の年金に寄生する。おかしな世の中になりましたねえ」
「確かに子どもを持つと大変ですよ。保育所は両親が働いていないと預かってくれませんが、ちょっとでも熱があると迎えに来いですからね。突然早退できる職場なんて、そうそうありません。近くにどちらかの実家がないと子育ては無理でしょう。労働力不足だからって、実家の親まで働かされたんじゃ、子どもをの面倒をみるジジババさえいないってことでしょ。少子化になるのは当たり前ですよ」
「おれ、思うんだけどさ、増えすぎたネズミは集団で海に突っ込むって言うじゃない。増えすぎたセイタカアワダチソウは根から毒を出して繁殖を制限するって言うじゃない。同じ理屈でさあ、一人がこれだけたくさんのエネルギーを使うようになった民族は、人類と地球の持続可能性のために数を減らしちゃえという大きな力が働いてるんじゃないですかねえ…。どんなに政府が子育て支援なんかしたって、子どもは増えません」
「子どもが減れば将来の労働者と消費者が減る訳だから、どう考えたって経済は縮んで行く。不景気になりますよ」
「空前の好景気だなんて言ってるけど、もう政府の統計は信用できませんからね。数字は改ざんする、調査方法は勝手に変える、不都合な資料は公文書だって破棄する。こんな国じゃなかったと思うんですけどね。みんな安月給なのにスマホ持って、介護保険料より高い料金を引き落とされています。真面目に商品を作って売る製造業より、情報を仲介して広く継続的に使用料を取るビジネスの方が莫大な利益を上げる時代です」