国防を考える

平成29年10月17日(火)

 あるテレビ番組で、中国の新聞記者が自国の平和主義を紹介して、

「中国には国境という概念はありません。周辺国を中国に組み込んで、一党独裁による平和を共有しようという考えを着実に実行しているのです」

 と発言していましたが、他国を組み込む手段が軍事力であることは明らかです。どこの国の歴史も、群雄割拠して争いを繰り返していた戦乱の時代を統一し、平和をもたらしたのは、戦いの最終勝利者であったことを考えると、平和を実現する唯一の手段は戦争であるという毛沢東の思想は、案外人間社会のパラドクスを見透かしているのかも知れません。

 中国のような考え方の国家に喜んで組み込まれ、一党独裁の体制下で恒久的平和の恩恵にあずかろうと思う向きは別にして、そのような考え方の国家にほとんど隣接しながら、非武装中立体制で一国の独立的平和が達成できると考えるのは、机上の空論と言わなければならないでしょう。

 市民生活は警察という武力機構に守られていますが、国家には実質的に機能する国際的な警察機構がありません。武装するから戦争が起きるとか、そもそも武器を持たなければ人を殺すことはないというレベルの情緒的平和論と、国益を守りながら国家を運営する時に必要な国防論とは、次元を異にしていると言わなくてはならないでしょう。

 さて、非武装中立が現実的ではないとすると、残るは、武装して中立を保つか、武装してどこかの国と同盟関係を結ぶか、二つに一つの選択になります。いえ、もう一つ、独立直後のわが国の様に、非武装のまま、どこかの国の軍隊の駐屯を許して国防を委ねるという選択肢が理論上は成り立ちますが、そんな関係があるとすれば、それは限りなく占領に近いものであって歓迎はできません。

 そこで、まずは武装したわが国が中立を保つ場合を考えてみましょう。中立である以上は、当然アメリカとの同盟関係を解消しなければなりません。そして必要にして十分な規模の軍を、自国民だけで組織しなければなりません。もちろん、現在同盟国であるアメリカが装備している軍備のうち、日本防衛に必要な部分を、自前で装備することになります。予算上の問題もさることながら、自国の軍ということになれば、どんなに地勢的な合理性を説いてみても、基地を分散せよという沖縄の要求を無視することは困難でしょう。長い間基地に苦しめられて来た沖縄住民の気持ちは痛いほど理解できますが、尖閣も沖縄も自分の領土だと主張する中国が至近距離に存在する中で、果たして沖縄から基地を撤去することが長い目で見て沖縄の利益につながるでしょうか。基地がなくなって静かになった沖縄に、いつの間にか中国軍の基地が存在していたのでは意味がありません。一党独裁国家には、政府の決定に変更を加える野党が存在しないのですから、尖閣も沖縄も自国の領土であると組織決定して内外に表明した以上、気が遠くなるような年月をかけてでも、着実に奪還計画が実行に移されると考えなくてはなりません。武装は、戦争というよりも、力の優劣に起因する国家間の発言力の差を埋めて、対等な外交関係を維持するのが目的ですから、軍備の質も量も利害対立国とのバランスを保つものでなくてはなりません。やがて最新鋭の高額な武器の調達は他国に頼るべきではないという理由から、兵器の開発と製造を自国で始めることになり、議論は核武装の是非にまで発展するのでしょうが、多様な国民世論を背景に、与野党の攻防の末に予算が成立するわが国が、一党独裁の政治体制下で政府の思うまま軍事予算を組むことの可能な中国との間で、かつて米ソが繰り広げたような限りない軍拡競争に耐えられるとは思えません。結局、軽自動車は普通車に道を譲る結果になるのです。そして繰り返しになりますが、そもそも地理的にも歴史的にも、子供のように外交経験の浅いわが国に、各国の利害が対立する世界の荒海をしたたかに航海する操船技術が育っているとはとても思えないのです。とすれば、武装中立も現実的ではありません。

 非武装中立も武装中立も困難であることが判明すると、残るは武装した上で価値観と利害が一致する他国と同盟を結ぶということになりますが、国益に適う同盟国を選ぶのは、スーパーで商品を選ぶのとは訳が違います。まさか領土問題を抱える相手国と同盟を結ぶことは考えられませんが、どの国にもその国なりの事情や思惑があり、同盟を結ぶという事実そのものが他国に与える影響も考慮しなければなりません。唐突にイギリスやフランスに軍事同盟を持ちかけてみたところで、よろしい、それではこの際、日英同盟を結ぶので日米同盟を破棄して下さい…とか、直ちにフランスも加わって日米仏三国同盟を締結しましょう…というほど、ことは単純ではないのです。歴史的経緯から考えて、わが国は結局、現在機能している日米同盟を基軸に国防体制を構築するのが最も現実的な選択と言わなくてはなりません。つまり、はるか社会党が提唱した非武装中立までさかのぼって考えを巡らせてみても、すごろくが振り出しに戻るように、わが国が直面している現状に立ち返ることになるのです。

 さて、アメリカとの同盟を継続することとして、あとは、わが国の武装の程度と、同盟国であるアメリカとの関係を考える作業が残っていますが、実はここから先が意見の分かれるところです。