横断歩道

平成30年09月19日(水)

『泣くんじゃねえよ、奥さんに叱られたやろ~。刺激的な人生を送ろうぜ、あとわずかやで』

 これは故郷の郡上八幡で、古びた品物を所狭しと陳列した一風変わった喫茶店を経営している同級生からのメールです。振り子時計を修理するのが趣味で、店の壁には彼が生き返らせたたくさんの柱時計が時を刻んでいます。

『災難でしたね~。昨年、更新の違反者講習受けたときに、その違反は捕まえるから覚悟しとけよ、と言われました。特に信号のない横断歩道で渡るのを待っている人を見過ごして止まらなかったやつも厳しく捕まえるそうです。オリンピックの影響です』

 大学の男性准教授のメールです。アルコール依存からの回復支援の分野では権威です。依存を断つ患者の苦しみと、誘惑に打ち勝つ忍耐を自らに課すために、好きな酒をピタリと断って、ウーロン茶で宴会を盛り上げる陽気な実践家です。

『きゃあ!絶対にダメみたいですね。横断歩道は警官が狙ってますよ。うちの父は、信号のない横断歩道付近で若者が止まって電話していたから、一旦軽く止まったけど、渡らないと思ったので車を勧めたら捕まったそうです』

 ラジオのアナウンサーや司会業をしている女性のメールです。人を逸らさない会話の技術と心地よい声に誘導されて、ゲストはいつの間にか本音で話してしまいます。

『そんなこと、初聞き!知らなかった~』

 定年後もグループホームで認知症ケアに従事している、さっぱりした飾らない性格の女性です。返信もこれ以上なくあっさりしています。方言トークで進行する音楽療法は認知症のお年寄りたちを惹き付けます。

『私は歩行者として横断歩道に立っていてその現場に居合わせました。運転中気を付けております。先生の体験を肝に銘じます。以前三河の山間部でスピード違反で罰金を取られました。理不尽な取り締まりだと思いました。が、法に触れてたのだから仕方がないと気持ちを切り替えましたが…』

 現役時代は体当たりで生徒を指導する熱血教員でした。定年後はホールを一杯にする規模の市民講座を長年主催し続けている男性です。熱心な信望者たちが教育現場で彼のこころざしを継いでいます。

『先生と同じような状況で捕まるのなら、私はあっという間に免停じゃないですか!』

 看護師をしている女性です。人前では苦労も悲しみも明るい笑顔に変換して元気一杯に振舞っていますが、やさしい言葉をかけられるとすぐ泣いてしまいます。

『最近警察多いよ。一旦停車、黄色信号通過時、横断歩道での停車。愛知県交通事故死亡全国一位だからね』

 喘息仲間の看護師です。瞬時に人の警戒心を解いて心に入り込む特技を持っています。五人目の孫ができて、すっかりいいお婆ちゃんをやっています。

『そんなルール知らんかった。ケータイいじっとるより高い。みんなに教えてやらんと!』

 滅びゆく故郷の文化を保存したいと願う、包括支援センターの女性社会福祉士からのメールです。雨の中、付き添いの人が差す大きな和傘に守られて、祝い唄に送られながら町内を出る古風な花嫁姿は、黒澤映画を観るような美しさでした。

『なんと、そんなこと誰も守っていませんし、そんなことしてたら後ろの車にクラクション鳴らされますよね』

 想像を絶するほど権威的な父親に長年苦しめられた過去が、同じ傷を持つ子供たちの支援をしたいという強い動機になっている行動的な男子学生です。