魔法の消しゴム
作成時期不明
その日、トンガリ王国は抜けるような青空でした。生まれて初めて宮殿から外へ出たトンガリ王子は、目に映るものの全てが珍しくてなりません。しかし、初めのうちはキラキラと瞳を輝かせていたトンガリ王子も、そのうち次第に心が重くなってゆきました。
「大臣、あのようにゴミをたくさんかき集めて、あの男はいったい何をしようというのだ?」
「恐れながら王子、あれは掃除夫でございますよ。ゴミをとり除いて、道路をきれいにするのがあの男の仕事でございます」
「仕事?あのような汚らしいことがあの男の仕事だと申すのか?」
「はい王子様。わがトンガリ王国が清潔で住み良い国でいられるのも、あのような仕事をする人間が大勢いるからでございますよ」
さようか…と言い終わらないうちにトンガリ王子は、わっ!と叫んで尻もちをつきました。大きなパンをひとつ小脇に抱えた少年が、王子を付き飛ばして逃げて行きます。その後を追いかけて来た警察官に付き飛ばされて、今度は大臣が尻もちをつきました。
「何だ、あれは?」
と見る間に、危うく取り押さえられそうになった少年は、するり、するりと身をかわし、方向を変えて走り寄ると、王子の後ろにすがりました。
「助けて!」
少年は今にも泣き出しそうです。
「いったいどうしたというのだ?」
王子は、追いついた警察官に聞きました。
すると警察官はそれには答えようとせず、
「お前こそ、その子どもの何なのだ」
反対に尋ねました。
「私はこの国の…」
と王子が答えようとするのを、
「ただの通りすがりの者でございます」
大臣があわててさえぎりました。王子の身分が知れては大変です。王子はあくまでもお忍びで町を文学なさっているのです。
「ただの通りすがりならば黙っていていただこう。その子はパンを盗んだ泥棒なのだから」
「し、しかし相手はまだほんの子どもではないか」
「子どもでも泥棒は泥棒だ。さあ、引き渡さなければお前たちも同罪だぞ」
「同罪ならば、どうしようというのだ」
「子どもと一緒に二、三日、牢の中で暮らしてもらうことになる」
「何?牢だと?こんな小さい子を牢に入れようというのか!」
「悪い芽は早くつむに限るのだ。それに、大人の罪も子どもの罪も罪に変わりはない」
「ま、待て。パンは私が買おう。それならば文句はあるまい」
「馬鹿め!カネを払えば犯した罪が消えるというわけではないぞ。さあ、小僧、こっちへ来るんだ!」
警察官は怖ろしい目つきでにらみつけながら、少年の腕をつかまえようとしましたが、その手に大臣が何枚かの金貨をにぎらせると、警察官の態度は突然ガラリと変わりました。
「だ、だんなさま…」
と言ったきり、金貨と大臣の顔を交互に眺めて言葉になりません。なにしろ大変な金額です。警察官は戸惑いました。しかし、少年を見逃しさえすれば、これだけの大金が手に入る…そう思った時には、既に心は決まっていました。
「そうですね。ま、子どものことでもありますし、その…盗みに目をつぶると思ってもらってはいささか困りますが、ここはひとつだんなさんたちの顔を立てることにいたしましょう」
渡された金貨をポケットにしまいこみながら、そう言い残して立ち去る警察官の足取りには、やはり、思いがけない大金を手にした嬉しさは隠しきれませんでした。