魔法の消しゴム

作成時期不明

「しかし、しかし父上」

「もう下がって休むがよい。お前は疲れている」

 王様はそう言って王子を部屋に引き取らせましたが、一人になるとぼんやりと遠い目をしてこうつぶやきました。

「わしも若い頃は同じことで随分と悩んだものだが、いつの間にか王子もそんな年齢になってしまったわい」


 確かにトンガリ王子は疲れていました。疲れてはいましたが、なかなか眠ることができませんでした。世の中は大きな生き物でいっぺんに変えようとすれば死んでしまうという王様の言葉が、王子にはどうしてもわかりません。目を閉じると汚らしい服を着た掃除夫や、パンに群がる子どもたちの姿が浮かんで来ます。

「わからぬ、私にはわからぬぞ!」

 眠れないままに、王子が大きく寝返りを打った時のことです。

「キャッ!」

 という悲鳴と一緒に、

 ガチャン!ドッシン!

 という音がして、びっくりした王子がベッドから飛び下りて振り返ると、ひっくり返った机のそばで、真っ黒なドレスを着た少女が尻もちをついています。

「な、何者だ!」

 と叫ぼうとして声の出ない王子に向かい、少女は照れくさそうにピョコンと頭を下げて言いました。

「ごめんなさい、またやっちゃった」

「またやっちゃったって…君はいったい誰なんだ?」

「エヘヘ…魔女ですよ」

「ま、魔女だって?」

 王子は夢を見ているのではないかと思いました。そばかすだらけの可愛い顔をした少女は、痛そうにお尻を押さえて立ち上がり、

「私、ほうきに乗るのへたなんです」

 そう言って困ったような顔をしています。

「ほうき?魔女?君は何を言ってるんだ?頭がどうかなってるんじゃないのか?」

「いいえ、本当に魔女なんです。ほうきは魔女の乗り物です。魔女はほうきに乗れば、空を飛ぶだけでなくて、過去へも未来へも飛ぶことができるのです」

「?」

「だけど私は不器用で、いつも飛んでいる途中で落っこちちゃうんです。ところでここはいったいどこですか?」

「トンガリ王国だ」

「…で、あなたは?」

「この国の王子だ」

「まあ、王子様、よかったわ、だったらほうきを一本都合するくらいのことは簡単にできるはずですよね。お願いです。どんなほうきでも構いません。いえ、できるだけ座り心地の良いほうきを一本、頂くわけにはいかないでしょうか?それがないと私は仲間たちの世界には戻れません。そして、早く戻らないと、ああ、大変!魔女の国のパーティが始まってしまいますわ」

 何とよくしゃべる少女でしょう。

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 王子は頭が混乱してしまいました。

「私は今まで座り心地が良いかどうかという目でほうきを見たことはないぞ。それに第一、私はまだ君が魔女だということを信じてはいない」

「そうですか…そうですよね」

 少女は少しの間考えていましたが、思い出したように黒いドレスのポケットに手を入れると、

「じゃあ、証拠をお見せしますわ」

 と言いながら、小さな消しゴムを取り出しました。

 机と一緒にインクつぼがひっくり返り、じゅうたんに大きなシミを作っています。

 少女は一枚の紙切れを広い上げると、鉛筆で『インクのシミ』と小さく書いてトンガリ王子に見せました。

「いいですか?これは魔法の消しゴムです。ようく見ていてください」

 少女が消しゴムでその文字を消すと、どうでしょう、見る見るうちにじゅうたんのシミが消えてゆくではありませんか。

「こ、こ、これは!」

 王子はもう少女が魔女であることを疑うわけには行きませんでした。と同時に頭の良いトンガリ王子は、その時、胸もおどるような素晴らしい計画を思いついたのです。