ぽん吉の恋

平成29年11月09日(木)掲載

「お前には負けたよ」

 ぽん太郎じいさんは、とうとう根負けしてしまいました。ぽん吉の意地っ張りは、ぽん太郎じいさんの若い頃にそっくりです。いくら説得しても無駄だと思いました。同じ失敗を繰り返さない限り、ぽん吉にはぽん太郎じいさんの言うことなど分かりはしないでしょう。

「んだば、とりあえず、わしの言うものに化けてみろや」

 ぽん太郎じいさんにそう言われて、ぽん吉は張り切りました。何日か一緒に洞穴に住んで、色々なものに化ける練習をしましたが、提灯に化ければ、それは行燈でしたし、釣鐘に化ければ、それは風鈴でした。

「どうだね、じいさま、おらの腕、見込みはあるだかね?」

 心配そうに尋ねるぽん吉に、ぽん太郎じいさんが答えました。

「お前のは、化ける以前の問題じゃ。世の中をもっと注意深く見ることじゃよ。決して化けるのが下手という訳じゃない。村人に化けて一年ほど人間の世界で暮らして見るがいい。そして提灯と行燈の違いや、釣鐘と風鈴の違いを勉強すれば、お前の腕はきっと見違えるほど上達することじゃろう」

 ぽん吉はなるほどと思いました。そういえば、今までの自分は、あまりにものを知りませんでした。小判とわらじの区別がつかないようでは、やはり化かし名人にはなれません。

「そんだば、おら、さっそく郷へ下りるだ。今度来るときにゃ何にでも上手く化けて、じいさまをびっくりさせてやるだよ」

 立ち去るぽん吉の後ろ姿にぽん太郎じいさんは、

「だども、つらかったら帰って来るだぞ。お前の身を案じて、ぽん子が毎日覗きに来てるのは知ってるべ」

 と声をかけましたが、ぽん吉は振り向きもせず、どんどん峠を降りて行きました。


 村は夕焼けです。柿の実色に染まった景色の中を一人の若者がしょんぼりと肩を落として歩いていました。おかしな格好をしています。ほっかむりをして鍬を担いでいます。裃を着ているから、侍かな…と思っても、刀を差してはいないのです。

 それがぽん吉でした。ぽん吉は村人に化けたつもりなのですが、張り切り過ぎて、いつか見た大名行列の侍の姿が混じってしまったのです。

 ぽん吉は困っていました。村人の家を一軒一軒回り、

「おらをここで働かせてもらえねべか」

 とお願いするのですが、どこへ行っても断られるのです。村人として一年間、人間の社会で修業をするつもりで峠を下りて来たのですが、修業どころか、これでは今夜寝るところもありません。

「あきらめちゃならねえだ」

 気を取り直してはもう一軒、勇気を奮ってはあと一件、と回っているうちに、ぽん吉はお腹がぺこぺこになってしまいました。陽もすっかり沈み、空には鏡の様な月が出ています。

「しょうがねえ、今夜はここで寝るだ」

 空家のつもりで入ったあばら家でしたが、そこには一人の美しい娘が住んでいました。美しいだけではありません。ぽん吉が見たこともないほどやさしい瞳をしています。

「すまねえだ、おら、てっきり空家かと思って…」

 しばらくぼうっと見とれていたぽん吉が、我に返って出て行こうとすると、娘はにっこり微笑んで言いました。

「お困りでしょう。汚いところですが、今夜はここでお泊りになって下さいませ」

 夕食をご馳走になり、心地よい眠りから覚めたぽん吉を待っていたのは、温かい朝食でした。

 よく気の付く親切な娘でした。

「ありがとう。おら、本当に助かっただよ」

 出かけようとするぽん吉に娘が教えてくれました。

「働く気なら、裃は外した方がいいでしょう。それから貧しい家をいくら訪ねても仕事はありません。そう…行くなら庄屋さまのところがいいでしょう」

 ぽん吉は何だかとても勇気が出て来ました。

「ようし、頑張るだ!」

 裃を脱ぎ捨てたぽん吉は、娘の言う通り、庄屋さまの家に向かって走って行きました。